Vol. 31 (2011年5月2日)
法律用語ワンポイント解説
英文契約書におけるotherを訳す(その2)
次の例文は、やはり2010年度秋期の英日契約書翻訳中級講座(通学コース)で教材に使用したProperty Management Agreement(プロパティマネジメント契約書)からの引用です。
【例文2】
Manager may appoint consultants, technical advisors, brokers, depositories, and other persons acting in any other capacity deemed necessary or desirable to assist it in the provision of the Services, with the prior approval of Asset Manager, which approval shall not be unreasonably withheld or delayed.
例文2におけるconsultants, technical advisors, brokers, depositories, and other persons acting in any other capacity deemed necessary or desirable to assist it in the provision of the Servicesの部分の受講者の訳例を紹介します。
【訳例2-1】
コンサルタント、 テクニカルアドバイザー、仲立人、受託者その他の本業務提供に資するために必要または望ましいとみなされる資格で行為する者
(受講者Dさん)
【訳例2-2】
コンサルタント、技術アドバイザー、仲介業者、預金管理者、本業務を提供するにあたり当該業者を支援するために必要または望ましいとみなされるその他の資格において行動するその他の人員
(受講者Eさん)
【訳例2-3】
本業務の提供においてその補佐のために必要または望ましいと思われるコンサルタント、技術顧問、仲介業者、保管人その他異なる分野で活動する者
(受講者Fさん)
Dさんの訳は、any other capacityのotherを訳出せず、and other personsのotherを「その他の」と訳したため、 原文の意味と違うものになっています。なお、assist itの意味を正しく理解しているか疑問があります。
Eさんは、2箇所のotherを「その他の」と訳していますが、いずれもその意味が明確でありません。otherを機械的に「その他の」と訳すのではなく、文脈におけるその意味をよく考えて訳す必要があります。なお、assistの目的語itはManagerを指します。itの誤訳はほかの複数の受講者の訳にもありました。また、ほかの受講者の訳文でthe provision of the Services「本業務の提供」の誤訳「本業務の条項」が目につきました。契約書翻訳での、provisionのような多義語の訳語選択に当たっては、その語が文脈において意味をなすか否かを十分に吟味する必要があります。
Fさんは、personsの前にあるand otherを「その他」、capacityの前のotherを「異なる」と訳し分けており、構文を正しく把握していると考えられます。ただ、assist itの意味を正しく理解しているか疑問があります。
ここでは、persons acting in any other capacityの意味を正しく解釈できるか否かが鍵になります。この場合のotherは、日常用語の「ほかの」とか「他の」、すなわち「コンサルタント、・・・受託者以外の」の意味で使われており、otherを「それ以外の」とか「上記以外の」と訳したほうが分かりやすいケースです。persons acting in any other capacityの意味を正しく解釈できれば、consultants, … depositories はその例示ではないことが分かります。 したがって、法令上の用法によれば、personsの前にあるand otherの訳として、「その他の」ではなく「その他」を選択することになります。
上記の解釈に基づいて、consultants以下の部分を次のように訳すことができます。
【訳例2-4】
本業務の提供に際し支援を受けるために必要または望ましいとみなされるコンサルタント、技術顧問、仲介人、受託者その他それ以外の資格で行為する者
(執筆:西田利弘)
Vol. 30 (2011年4月12日)
法律用語ワンポイント解説
英文契約書におけるotherを訳す(その1)
2010年度秋期通学講座の英日契約書翻訳中級コースで教材に使用したProperty Management Agreement(プロパティマネジメント契約書)の中の例文と受講者の訳例を引用して、英文契約書の翻訳で問題の多いotherの訳し方を考えてみたいと思います。
【例文1】
Manager shall use reasonable and diligent efforts, including, without limitation, generating tenant invoices, to enforce the terms of all leases and licenses and to cause Owner to receive security deposits and all rents, including percentage rents, and all other revenues, including reimbursables, payable to Owner from the Property as the same become due and payable.
上記におけるsecurity deposits and all rents, including percentage rents, and all other revenues, including reimbursablesの部分の訳例を紹介します。
【訳例1-1】
「保証金、歩合賃料を含む全賃料および償還金を含むその他の全収入」(受講者Aさん)
【訳例1-2】
「敷金および歩合賃料を含む全ての賃貸料ならびに返済金を含むその他の収益など」(受講者Bさん)
【訳例1-3】
「歩合家賃その他の収益を含む、敷金および家賃一切」(受講者Cさん)
Aさんは、「ならびに」の使用を避けるためにsecurity depositsとall rentsとの間のandを訳出しなかったのでしょうが、記載されているものの関係が分かりにくい訳になっています。ここでは、保証金(敷金)は収益ではないことに注意する必要があります。
Bさんの訳では、「ならび」と「および」の使い方を誤って、構文上「敷金」も「賃貸料」に含まれることになってしまいます。
Cさんの訳では、percentage rentsをrevenuesの例示と解釈したため、「敷金」には「歩合家賃その他の収益」を含むことになってしまいます(さらに、including reimbursablesの訳抜けがあります)。英文の構文解析に当たっては文法に頼るだけではなく論理的な思考を必要とするゆえんです。残念ながら、受講者の訳でこの部分(payable以下の部分を含めて)を正確に訳したものはありませんでした。
ここで、法令における「その他の」と「その他」の用法を確認してみます。「その他の」は、「その他の」の前にあるものが「その他の」の後にあるものの例示である場合に用いられ、「その他」は、「その他」の前にあるものが「その他」の後にあるものと対等並列の関係にある場合に用いられる、というのが法令上の基本的な用法です。しかし、日常用語では、両者が混同して用いられているようです。
例文1では、and all otherの前にあるrentsはrevenuesの例示ですから、「and other」の訳に法令用語の「その他の」を用いれば、次のように「ならびに」を使わずにsecurity deposits以下を簡潔に訳すことができます。
【訳例1-4】
「保証金およびすべての賃料(歩合賃料を含む)その他のすべての収益(立替経費を含む)」
(次回に続く)
(執筆:西田利弘)
Vol. 29 (2010年9月22日)
法律用語ワンポイント解説
injuryとは?
先日、翻訳者の方から「人的損害」の訳として、personal damageとpersonal injuryとの、どちらを英文契約書で使ったらよいかというご質問を受けましたので、説明してみたいと思います。
製造物責任法第1条の「製造物の欠陥により人の生命、身体又は財産に係る被害が生じた場合における」の部分について、日本法令外国語データベースでは、"[to protect the victim of] the injury to life, body, or property which is caused by a defect in the product"と訳されています(2010年9月時点での訳)。
契約書でたびたび登場する「生命、身体その他の財産に対する損害」の英訳としては、"damage to life, human bodily injury or other damage to property(またはproperties)"が一般的に用いられます(damage to lifeの部分はdeathとしても結構です)。
personal injuryには、「人身損害(bodily injury)」、つまり「傷害」という意味と、財産権以外の「個人的な権利に対する被害」の意味とがあります。前者については、「人身損害」の意味に限定されることを明確にするために、personalやhumanがbodily injuryの前に置かれることがあります。また、後者には、名誉毀損がその例として挙げられ、bodily injuryが含まれます。
「けが」のイメージが強いinjuryですが、法律上は、「権利侵害」や「被害」「損害」という意味でよく使用され、他人の生命、身体、名誉、財産に対する侵害行為やその結果発生する被害全般をカバーします。
「損害」というと、damageという語がどうしても頭に浮かんでしまいますが、injuryは侵害行為や被害そのものだけを指すのに対し、damageは必ず金銭に算定される経緯(つまり、損害賠償金としてのdamagesが成立すること)が必要とされます。つまり、injuryは、損害賠償金であるdamagesとは切り離された概念といえます。
最初の質問の答えに戻ると、内容からして、損害賠償を主目的にしている文であればpersonal damageとなる可能性がありますが、「損害が発生したかどうか」が問題になっているのであれば、personal injuryが使用されます。事故や欠陥や不具合が起きてしまったという話しであれば、personal injuryに、その後、損害賠償の支払い関係の話になるのであればpersonal damageになるというわけです。
(執筆:飯泉恵美子)
Vol. 28 (2010年8月24日)
講師・添削者からのアドバイス
苦手分野を克服するには
契約書翻訳と一口にいっても、いろいろな分野の契約書があります。時にまったく未知の分野の契約書を請け負うこともあります。未経験の分野に当たったとき、私はできるだけ関連する書籍を1冊は購入しその分野の背景を調べるようにしています。私の本棚には、これまでに翻訳する機会があった分野の専門書籍が何冊もあります。ちょっと特殊な分野もあって、これらは翻訳で請け負わないかぎりは絶対に読むことのなかった本といってよいでしょう。
同じクライアントから継続的に翻訳を依頼されることがあります。出版契約や証券貸借(貸株)取引といった、当初は未経験の分野だったのが、一定期間請け負ううちにいつのまにか得意な分野になっていることもあります。英文契約書の翻訳が必要とされる分野は多岐にわたり、一人の人間が全ての分野の業務に精通することは不可能でしょう。その業務を遂行した経験はなくとも、書籍等から得られる背景知識だけでも十分に役に立つことはあります。そして苦心して未経験の分野の契約書を翻訳し上げることで、一つの知識を得られることもあります。また、日頃から証券の知識を得るためにプライベートで実際に株の売買をやってみたという人や、金融分野の知識を得るために関連する書籍を何十冊も読破したという人もいるようです。日々の経験の積み重ねこそが、苦手を克服するカギとなるのではないでしょうか。
未経験の分野を翻訳するのは新しい知識と経験を得られるチャンスです。苦手意識を持ったり、知識不足なまま自分勝手な翻訳をしたりしないで、その分野に興味を持って情報を集め、関連する書籍を読んでみましょう。経験を積んでいくうちにいつの間にか得意分野になっていることもありますよ。
(執筆:吉野弘人)
Vol. 27 (2007年1月29日)
法律用語ワンポイント解説
実施権と使用権
契約書翻訳の通信教育の答案で多く見受ける間違いの一つにlicenseの訳があります。licenseは英文契約書に頻出する基本用語の一つでもあるので、しっかりと理解しておく必要があります。
licenseは動詞としては「(権利を)付与する」「(権利を)許諾する」と訳します。名詞として訳す場合、「ライセンス」「権利付与(供与・許諾)」とともに多く見受けられるのが「実施権」という訳です。「実施権」でも間違いではないのですが、この訳語を選択する場合は、もう一度その訳語の意味やそのライセンス契約の背景について確認する必要があります。licenseは、特許や実用新案、意匠においては「実施権」といいますが、商標やソフトウェアにおいては「使用権」といい、使い分けがされています。したがって、「実施権」という訳語が使えるのは、特許や実用新案に関するライセンス契約の場合に限られるのです。これらの違いはそれぞれの法律の条文をみるとよくわかります。たとえば特許法第77条は専用実施権、78条は通常実施権について定められています。一方で、商標法をみると、第30条に専用使用権、第31条に通常使用権が定められています。このように権利の対象によってその名称が異なるため、実際に法律で使われている適切な用語を正しい場面で使うことが求められるのです。ただし、実際に翻訳する際には「ライセンス」という訳語を選択することをお勧めします。「ライセンス」という訳語であれば、どの場面にも使うことができるので、ライセンスの対象が何かというところまで気を使う必要がなくなるからです。
licenseというなにげない単語ですが、このように用語の背景もしっかりと調べて訳さなければなりません。辞書に出ている単語にすぐに飛びつくのではなく、国語辞典、法律用語辞典などで訳語(日本語)の意味をもう一度確認し、英文契約書の場面に応じた適切な訳語を選択するように心がけてください。
(執筆:吉野弘人)
Vol. 26 (2006年11月14日)
法律用語ワンポイント解説
翻訳と読解力
前回、「わかりやすい訳文を」というコラムで、読み手にとってわかりやすい訳文を作るためには、原文の意図するところを正しく理解する必要があると述べました。今回は、その原文の意図を正しく理解する力、読解力についてお話します。
翻訳の前提として英文の意味を理解することが必要ですが、よりよい訳文を作るには単に語句の意味を理解するだけではなく、文脈の意図するところまで読み取る必要があります。その場合、作者の意図は直接語句にはあらわれず、行間や文章の構成などに隠されていることもあります。このような、行間に隠された作者の意図を理解する力が読解力です。
読解力を鍛えるための特効薬はありません。とにかく多くの文章を読むことが必要です。方法自体は単純ですが、決して一朝一夕で効果が現れるというものではありません。また文章をただ漫然と読み流すのではなく、作者の意図がどこにあるのかを常に考えながら読むことが必要です。誤解しないでほしいのですが、多くの文章を読むといっても、その文は英文である必要はありません。小説や新聞・雑誌など日本語の文章を多く読むことで翻訳に必要な読解力を養うことができます。読解力とは、行間に隠された意図を想像力を駆使して読み取る力であり、日本語にも英語にも共通した力なのです。
翻訳においては原文である英語を読むことが求められますが、読解力そのものは英語力とは別のものです。むしろわれわれ日本人にとっては日本語の能力であるといえます。結局のところは、翻訳において重要なのは英語力よりも日本語力なのです。翻訳がうまくなるには日本語の力を養うことが必要であり、その第一歩が多くの(日本語の)本を読むことなのです。読解力の優れた人は、小さいころから多くの本に親しんできた人が多いようです。今からでも遅くありません。翻訳の勉強と併行して、本を読む時間もなるべく多く作るようにしてください。
(執筆:吉野弘人)
法律用語ワンポイント解説
権利・義務・事実表明
契約の内容は、権利、義務、事実表明の3つに分けることができます。英文契約書で権利を表す表現はmayで、「~できる」と訳します。義務を表す表現には、shall、willの2つがあり、「~するものとする」「~しなければならない」「~する」とします(「~するものとする」という表現は多く使うと文章が冗長になるきらいがあるので、できるかぎり「~する」を使うことをおすすめします)。権利と義務は相反する概念ですので、違いをしっかりと見極めなければなりません。時折、「~できるものとする」といった、権利と義務を混同している訳を見ることがあります。その文章が権利について述べているのか、義務について述べているのかは、正確に読み取ってください。
通信教育の答案では、権利・義務に比べ、事実表明に関する表現を正しく訳せていないケースが目立ちます。事実表明は、英文では現在形で表現され、「~している」「~する」と訳します。代表的なのはrepresentで、「表明する」と訳しますが、正確には「(本契約において)表明している」ということなのです。このように、事実表明は義務を表す「~する」と同じ表現になることもありますが、文脈によっては「~している」と訳し分ける必要があります。
We maintain physical and electronic safeguards to guard your personal information.
たとえば、この英文は「当社は、お客様の個人情報を保護するために物理的・電子的保護手段を講じます」と訳してはいけません。ここは、「当社は、お客様の個人情報を保護するために物理的・電子的保護手段を講じています」という現在の事実表明として訳さなければならないのです。契約では権利・義務に注目が集まりがちですが、こういった事実表明に関する表現についても十分注意し、その違いを理解して正しく訳せるようにしてください。
(執筆:吉野弘人)
Vol. 25 (2006年9月26日)
法律用語ワンポイント解説
including, but not limited to
including, but not limited toやincluding without limitationは、英文契約書ではおなじみの表現です。「など」という訳をあてます。英文契約書の解説書の中には、「~を含むが、これに限定されるものではない」という訳をあてているものもあります。間違いではありませんが、このような表現が法令等で使われることはなく、簡潔に「など」または「などを含む」と表現されています。日本語の「など」という言葉に「~を含むが、これに限定されるものではない」という意味が既に含まれているのです。また、この表現の特徴は、例示列挙であるという点にあります。単純にA, B and Cと列挙するだけでは制限列挙と解釈されます。つまり、A、BおよびCのみを例に挙げているということです。これに対し、including, but not limited to A, B and Cとすれば、A、B、Cは例であり、他にも類似のものが含まれることを明確に示すことになります。
他にも例示列挙の表現として、A, B and any other productsといった表現があります。この場合、any other productsはその他すべての製品を指すのではなく、AやBと同種のもののみが含まれるものと解釈されます。これを英米法では「同種文言の原則(ejusdem generis)」といっています。不可抗力条項によくみられる「その他当事者の支配を越える事由」という表現も実際にはあらゆる事由が含まれるわけではなく、列挙されている不可抗力事由と同種のものしか含まれません。たとえば、不可抗力事由として天災等(地震、洪水)を列挙している場合には、「その他当事者の支配を越える事由」には台風などの自然災害は含まれますが、法令の改変、規制の制定やストライキなどは含まれないことになります。簡単な表現にも意外と深い意味があるものですね。
(執筆:吉野弘人)
法律用語ワンポイント解説
わかりやすい訳文を
以前、翻訳の基本は正確かつ忠実に訳すことであると書きました。もし、みなさんがこのレベルをクリアできているとすれば、その次に求められるものは「わかりやすさ」です。翻訳がコミュニケーションの一手段であることを考えれば、わかりやすい文章で表現することは不可欠であり、読み手にその意図が伝わらない訳文は、その役割を果たしているとはいえません。訳文を作成する際には、読み手の存在を常に頭に入れて訳すことが必要です。
わかりやすい訳文を作るポイントは、自分自身がその原文の意図するところを正しく解釈することにあります。原文を解釈するという場合に、その解釈は誤った解釈であってはならないのはもちろん、翻訳者の勝手な解釈であってもなりません。翻訳者が解釈を加える場合には、その根拠をしっかり確認しなければなりません。意訳という言葉は、本来は、直訳や逐語訳に対する言葉なのですが、「勝手な解釈を加えた訳」というニュアンスもあり、あまりよい意味では使われません。しかし、正しい解釈のもと、わかりやすい表現にしようとするのであれば、意訳も決して悪いことではありません。
一方で、原文をどう解釈するか、どこまで解釈するかは、翻訳者にとって永遠の課題ともいえる、非常に難しい問題です。私にも、直訳調から脱しようとするあまり、訳しすぎてしまうといった経験もよくあります。忠実であると同時にわかりやすくするということは、時に相反するものであり、この「忠実さ」と「わかりやすさ」の間でどうバランスをとるかが翻訳の難しさといってもよいでしょう。英日契約書の通信教育を受講されている方は、まず原文となる英文契約書に忠実・正確に訳すことが必要ですが、自分なりの理解・解釈を持つことも重要です。自分自身が理解していなければ、決して読み手には通じないのですから。次のステップアップを目指し、書き手の意図するところを正しく理解する力を養ってください。
(執筆:吉野弘人)
Vol. 24 (2006年6月14日)
法律用語ワンポイント解説
法律用語と行政用語
契約書翻訳においては、法律用語を正しく使うことが重要です。その際に注意すべき点は、法律用語と行政用語を混同しないことです。
まず代表的なものとして「許可」という言葉があります。「許可」を法律用語辞典で調べると、「行政法上は、法令による特定の行為の一般的禁止(不作為義務)を特定の場合に解除し、適法にこれをすることができるようにする行政行為をいう。(有斐閣法律用語辞典[第2版])」とされています。つまり「許可」という行為は行政行為なので、契約の一方当事者が他方当事者に対し「許可する」ということはありえないのです。したがって、allow、approve、 permitなどに「許可する」という訳語を安易にあててはいけません。行為の主体が私人の場合には、「承諾する」「許諾する」「認める」「同意する」などの訳語をあてます。
同様に「認可」「免許」「承認」といった用語も、本来は行政用語なので注意が必要です。「承認」という用語は、最近、一般の企業でも使われるようになってきました。しかし、行政行為の名残なのか、上の者が下の者の行為を認める、というニュアンスが残っています。したがって、契約当事者間の行為としてはやはりふさわしくなく、上席者が部下の行為を認めるといったように上下関係が明確な場合以外には使わない方がよいでしょう。
これらの用語は、実際の行政行為として契約書の中に使われることもあります。その場合、英文ではpermitであっても、個別の行政行為として「許可」なのか、「認可」なのか、「承認」なのかをしっかりと調べたうえで訳語をあててください。運転免許であって、運転許可や運転認可ではないことからもこのことがわかると思います。
このように、法律用語と行政用語は似て非なるものです。それぞれの用語の意味やニュアンスをしっかりと調べたうえで、正しく使うようにこころがけてください。
(執筆:吉野弘人)
Vol. 23 (2006年5月29日)
法律用語ワンポイント解説
法律用語の背景
英文契約書の翻訳で重要なポイントの一つは、法律用語を正確に訳すことです。一般の辞書にも訳語として法律用語が掲載されていますし、法律・契約関係の英和辞典も出ているので、これらの辞書から法律用語を訳出することはできます。しかし、正しく法律用語を使いこなすにはその用語の意味や背景についてもしっかりと知識を得ておく必要があります。
たとえば、債務不履行に関する条項には、破産に関する手続がよく出てきます。破産は、まず債務者自ら、または第三者が「申し立て」ます。裁判所は、審理を行い、破産を「宣告」し、管財人を「選任」します。こういった流れをしっかり理解して、「申し立てる」「申立て」「宣告」「選任」といった用語が正しく使えるかどうかが重要なポイントとなります。英文契約書の中で意味としては理解していながら、それぞれの単語を「申請」「宣言」「指名」と訳してしまうと、手続の背景を理解していないことがすぐに明らかになってしまいます。
これらの用語を正しく訳せるようにするには、一つ一つの用語を深く掘り下げて調べることが必要です。英米法辞典や法律用語辞典などを使って訳文の裏づけをしっかりと取りましょう。一つの用語から派生させて、関連した別の用語へと知識を広げたり、六法全書から関連する法令を調べたりすることも背景知識を得る上で有効な方法です。
また、しっかりとした法律知識を得るためには法律関連の資格にチャレンジすることもお勧めします。東京商工会議所が主催している「ビジネス実務法務検定試験」は幅広い法律知識を得る上では格好の資格です。こういった資格への挑戦は、一見遠回りをしているように感じるかもしれませんが、長い目でみると皆さんの契約書翻訳の実力アップにきっとつながるはずです。何事も基礎を固めるには時間がかかるものです。もし伸び悩んでいると感じる方は一度検討してみてはいかがでしょう!?
(執筆:吉野弘人)
法律用語ワンポイント解説
insolvency
英文契約書の解除に関する条項では、破産を解除事由の一つとするのが一般的ですが、破産の前段階として、insolvencyも解除事由とされます。
このinsolvencyは、「支払不能」または「債務超過」を意味します。支払不能とは、債務者に返済能力がなくなり、債務の返済ができなくなる状態をいいます。一方、債務超過とは、負債の合計額が資産の合計額を上回る状態をいい、別のいい方をすると、すべての財産を処分しても、負債を返済することができなくなってしまう状態のことを指します。支払不能が債務者の支払能力全般に注目しているのに対し、債務超過は債務者の財産にのみ注目している点に違いがあります。
債務超過と支払不能の共通点は、いずれも破産原因となるという点です。破産法では、破産原因について次の通り定めています。「債務者カ支払ヲ為スコト能ハサルトキハ裁判所ハ申立ニ因リ決定ヲ以テ破産ヲ宣告ス」(破産法126条)。
「法人ニ対シテハ其ノ財産ヲ以テ債務ヲ完済スルコト能ハサル場合ニ於テモ亦破産ノ宣告ヲ為スコトヲ得」(破産法127条)。前者は支払不能について、後者は債務超過について定めています。
他に破産の原因となるものに支払停止があります。支払停止は、債務者が債権者に対し、明示または黙示的に債務の支払いができないことを表示することをいいます。最も一般的なのは、手形・小切手の不渡りです。破産法126条2には、「債務者カ支払ヲ停止シタルトキハ支払ヲ為スコト能ハサルモノト推定ス」と定められており、支払停止となると、支払不能の状態にあると推定されるので、支払停止も広い意味での支払不能ということができます。
契約書翻訳において、insolvencyの訳は「債務超過」「支払不能」のどちらでも正解ですが、文脈によっては、上記の違いや法的な背景を正しく理解して訳し分けることも必要になります。
(執筆:吉野弘人)
Vol. 22 (2006年1月6日)
法律用語ワンポイント解説
救済手段(remedies)
英文契約書において、一方当事者が契約違反を冒した場合、他方当事者はこれに対して何らかの法的な救済手段(remedies)を求めます。救済手段は、大きく分けるとコモンロー上の救済手段とエクイティ上の救済手段に分けることができます。
契約違反に対する最も一般的な救済手段は損害賠償請求ですが、損害賠償請求は、コモンロー上の救済手段であり、事後的に金銭によって行われる救済です。しかし、違反の内容によっては、金銭では解決できない場合や事前に被害が広がることを防がなければならない場合があります。このような場合に効果があるのが差止命令(injunction)です。たとえば、競合相手が商標権を侵害しているような場合は、事後的に損害賠償を請求するよりも、ただちに侵害している商標の使用をやめさせることが有効な対応策となります。このように一定の行為をやめさせるよう裁判所に命令を出させることを差止請求といいます。
injunctionには、契約上の義務を履行することを求める場合もあり、このようなときには作為命令とよばれます。injunctionは、エクイティ上の救済手段であり、コモンロー上の救済手段である損害賠償請求を補うものとして位置づけられています。
差止請求のほかに利用されるエクイティ上の救済手段として特定履行(specific performance)があります。特定履行は、名誉毀損などに対する名誉回復措置として、新聞紙上での謝罪広告といった形で行われます。
これらの救済手段は、それぞれが独立して行われることもありますが、名誉毀損の記事に対し、記事の掲載差止め、損害賠償請求、謝罪広告の請求といった具合にすべての救済手段を求めることも可能です。「コモンロー上の」、「エクイティ上の」というととっつきにくい印象がありますが、このような具体的な例を頭に浮かべるとわかりやすいのではないでしょうか。
(執筆:吉野弘人)
法律用語ワンポイント解説
and/or
英文契約書でand/orという表現がされることがあります。JEXで契約書翻訳を学んできた方は、これを「または」と訳すとご存知だと思います。しかし、英文契約書について書かれた多くの参考書では、and/orを「および/または」と訳しています。ではJEXでand/orを「または」としているのはなぜなのでしょうか。今回はこの点について説明します。
「および」も「または」も法律用語です。状況によって、「ならびに」「もしくは」と使い分ける必要があります(わからない方は法律用語辞典で確認しておきましょう)。しかし、「および/または」という法律用語はありません。とはいっても、法令でも「AもしくはBまたはその両方」という状況を表現しなければならない場合があります。実はそのような場合、法令では「または」という表現を使っているのです。
これは、元内閣法制局長官の林修三さんの著書「法令用語の常識」にも説明されています。以下に紹介いたします。
『まず第一は、英語の「and(or)」にあたる場合、すなわち、「又は」と「及び」の両方の意味を与えようとする場合はどうするかという問題があるが、現在の立法例では、この場合には、原則として「又は」を使うことになっている。したがって、実定法上の「又は」ということばは、場合によっては「and
(or)」の意味で使われていることもあることに注意しなければならない』(日本評論社 林修三著「法令用語の常識」第3版11Pより引用)
つまり、日本語の「または」という表現には「および」の意味も含まれているのです。「Aさんか、またはBさんに確認してください」という表現は、AさんとBさん両方に確認してはいけないというわけではないことからもわかると思います。
and/orを「または」と訳すのは、最初は抵抗があるかもしれません。しかし、法律用語としての裏づけがあるということを覚えておいて、ぜひ、正しく訳すようこころがけてください。
(執筆:吉野弘人)
Vol. 21 (2005年12月13日)
講師・添削者からのアドバイス
いろいろ試してみてください
契約書翻訳通信講座の受講生の間違いで、センテンスの誤訳はさすがに少ないものの、句のかかり方の解釈を間違う答案が時折みられます。次の文を例にみてみましょう。
Licensee may retain the right to use the Software for as long as is necessary to perform existing obligations and to sell its inventory existing at expiration.
よくみられる間違いは「ライセンシーは、既存の義務を履行し、満了時に存在するライセンシーの在庫を販売するために必要なかぎり、本ソフトウェアを使用する権利を留保する」とする訳です。正しくは「ライセンシーは、満了時に有する義務を履行し、ライセンシーの在庫を販売するために必要なかぎり、本ソフトウェアを使用する権利を留保する」になります。つまり、at expirationは直前のexistingにだけかかるのではなく、existing obligationsにもかかります。文法上は、直前だけにかかるという可能性もありますが、意味の上からは2つのexistingの両方にかかると解釈するべきです。
英文契約書では、このように、句のかかり方によって複数の解釈ができることがあります。訳すときに必ず他の解釈もできないかを考え、一つ一つ試して最もふさわしい訳を選択してください。これは英語力よりも読解力が要求されるところです。単語についても同じことがいえます。微妙に意味がズレた単語の訳は、辞書でみつけた訳語をそのまま使っていることからきています。単語の場合は類語辞典で近い意味の言葉を一つずつ試して、ベストの訳語をみつけるというのも一つの方法です。
最初に作った訳文に満足してはいけません。解釈は決して一つではないのです。契約書翻訳ではいろいろな可能性を試すことが重要です。常にベストを目指す姿勢こそがよい訳文にたどりつく道なのです。がんばってください。
(執筆:吉野弘人)
Vol. 20 (2005年8月25日)
法律用語ワンポイント解説
直ちに、遅滞なく、速やかに
今回は、即時性に関する表現について説明します。和文の契約書の中では、即時性に関する表現として「直ちに」「遅滞なく」「速やかに」という表現が使われます。「直ちに」は、3つの中でも最も即時性が要求され、一切の遅延を許さないという意味があります。また「遅滞なく」は、「合理的な期間内に」という意味で、「直ちに」よりは時間的な猶予が与えられていますが、合理的な期間を過ぎて遅延してはならないという義務の意味も含まれています。「速やかに」は、「できるだけ早く」という意味で3つの中では最も要求が緩やかであるといえます。この場合、迅速に処理することは、いわば努力目標であり、義務は伴わないとされています。
では、これらに対応する英語の表現を見てみましょう。英文契約書でのimmediatelyとforthwithは「直ちに」「速やかに」にあたります。promptlyは「直ちに」という意味と「速やかに」「遅滞なく」という意味があり、文脈に応じて訳語を選択する必要があります。without delayはそのまま「遅滞なく」と訳してしまいがちですが、「直ちに」と「遅滞なく」の両方の意味があり、一義的には「直ちに」という意味になります。これは、Black's Law Dictionaryにも説明があり、同書ではwithout delayの意味として、第一にInstantly、at onceであるとしています。「遅滞なく」という英語表現には、without undue delay、within reasonable timeがあてられることが多いようです。また、「速やかに」に対応する英語表現はas soon as possibleです。
即時性に関する表現は、場合によっては契約条件にも関わってくる重要な表現です。必ずしも、日本語表現と英語表現が1対1で対応しているわけではなく、また、混乱しやすい点もありますので、しっかりと整理しておいてください。
(執筆:吉野弘人)
講師・添削者からのアドバイス
注目しています!
いきなり厳しい話になりますが、契約書翻訳の通信講座の課題や、通学講座・集中講座の提出課題、忙しさを理由に手を抜いていませんか。仕事や家庭など、それぞれ事情はあると思いますが、できるかぎりベストを尽くしてください。講師はただ機械的に答案を添削しているわけではありません。実力のある人のお名前を覚え、上達度合いについてチェックしながら答案をみています。一人でも多くの人にプロとして仕事をしてほしいと願っているからです。講師同士、契約書翻訳講座を受講している方の実力について情報交換することもあります。きっと想像されている以上に、皆さんの訳文は注目されていることを知っておいてください。
集中講座では、もちろん準備をしてこなくても注意されるようなことはありません(ご安心ください)。が、正直もったいないと思います。集中講座のような場で訳文を発表するのは、一つのアピールのチャンスです。準備してこない人はみすみすそのチャンスを逃してしまいます。この機会に自分の名前と実力を覚えてもらおうという位の貪欲さがあってもよいでしょう。また、質問の機会も積極的に利用してください。質問内容にも実力が反映されます。鋭い質問をする人は問題意識を高く持ち、かつ、非常に好奇心・探究心が強い人であるといえます。
講師が受講生の実力を探るうえでポイントとしてみるのは、安定した実力を持っているかどうかという点です。課題の提出やクラスでの発表、講師への質問、あらゆる機会が自らをアピールするチャンスであり、同時に評価される機会なのです。常にベストを尽くすよう心がけてください。一度でも手を抜くと、安定した実力がないと判断されます。厳しいかもしれませんが、プロにとっては当然のことです。常に評価されているという反面、チャンスも常にあるのだと意識してください。期待しています!
(執筆:吉野弘人)
Vol. 19 (2005年3月10日)
法律用語ワンポイント解説
Pass through
"pass through"という言葉を目にしませんか?
今国会で審議されている会社法に規定される合同会社について、"pass through tax"ということが話題になりました。現行の税法によると、株式会社の株主(所有者)は、会社に所得があると法人所得税を支払います。さらに、配当がなされると、個人として配当所得税を払うことになり、理論的には二重課税になるといわれています。合同会社は、米国のLLC(Limited Liability Company)をモデルに、民法上の組合の性格と株式会社のそれとを兼ね備えたものとして規定されます。米国におけるLLCに対する課税は、LLCが会社組織ではないことから、LLC自体か、その構成員たるlimited partnersのどちらかが所得税を支払えばよいというように、二重に税金を課さない仕組み(pass through tax)をとっています。合同会社もLLCをモデルにしたので、この"pass through tax"の制度を設けるべきだとの声がありましたが、結局、合同会社が会社組織であることと他の法人とのバランスがとれないとの理由で財務省からNOとの結論が出されました。訳語としては「パススルー税(税制度、課税)」とせざるをえないでしょう。
翻訳をするときにカタカナ表記しか方法がないときでも、原文の意味を正確に把握してからカタカナ表記にするとしないとでは、その前後の訳文に大きな影響が出ます。高い調査能力は、英文契約書翻訳の基礎であることを意識しましょう。
(執筆:通学担当講師)
法律用語ワンポイント解説
商品性と特定目的適合性の保証
英文契約書でmerchantabilityとfitness for a particular purposeという表現がよく出てきます。それぞれ「商品性」、「特定目的(への)適合性」と訳されます。今回は、この商品性と特定目的適合性について説明します。
売買契約における売主の担保責任には、権原担保責任、明示の担保責任、黙示の担保責任があります。権原担保責任は、売主が完全な権原を正当に譲渡する権利を有し、買主の知らない担保権・先取特権が設定されていない旨を保証する責任です。一方、明示の担保責任とは、売主が買主に商品に関する事実の確約を行った場合、その商品が確約に沿ったものである旨を保証する責任です。
これらに対し、黙示の担保責任にあたるのが「商品性の担保責任」と「特定目的適合性の担保責任」です。商品性とは、商品が通常の用途に適合しているか否かということで、商品として最低限満たしていなければならない性質を意味します。商品性については、売主が商人の場合は、明示されていなくても保証されているものとみなされます。また、特定目的適合性とは、その名の通り、商品がある特定の目的に対し適合しているか否かということで、売主が、買主が特殊な目的のために使用すると知って商品を販売した場合、明示的に保証していなくても、売主はその特定目的に適合する商品を販売する責任を負うとされています。
商品性と特定目的適合性は、原則、明示していなくても保証しているものと認められるので、これらの保証を排除したいときは、契約において免責条項として定める必要があります。本来は、買主を保護するための制度なので、これを排除する場合は、目立つ形で明確に定めなければならないとされています。英文契約書の中でこの免責条項がすべて大文字で記載されるのはこのためです。聞きなれた用語も、背後にある理論まで確認すると訳文が生きてきます。ぜひ、実践するようにこころがけてください。
(執筆:吉野弘人)
Vol. 18 (2005年2月4日)
法律用語ワンポイント解説
満了・解除・終了
英文契約書翻訳において、terminationは文脈により訳し分ける必要のある用語で、「満了」「解除」「終了」といった訳語があてられます。満了は契約の効力が期限において消滅することを意味し、英語ではterminationのほかに expiry、expirationも使われます。これに対し、解除は期限前における契約の効力の消滅を意味します。同じ意味で解約という用語を使う場合もあります。法学上は、契約締結までさかのぼって効力を消滅させることを解除といい、その時点から将来に向かって効力を消滅させることを解約といいます。しかし、法令などでも必ずしも厳密には使い分けされておらず、解約の意味で解除としている例もみられるので、訳としてはいずれの場合も解除としてかまいません。
終了には、満了と解除の両方の意味があります。たとえば、英文契約書で「契約のtermination後も秘密を保持する義務を負う」という条件が書かれている場合、秘密保持義務を負うのは契約満了後だけではなく、解除されたときも含みます。したがって、この場合のterminationは終了とし、満了・解除両方の意味を持たせるようにします。
解除という表現の使い方にはもう一つ注意が必要です。それは、「解除する」という動詞は目的語を伴う他動詞であり、「当事者が契約を解除する」という表現はできますが、"this Agreement shall automatically terminate (prior to the expiration date)"というような場合、「契約が自動的に解除する」とはできません。この場合のterminateは自動詞なので「契約が自動的に終了する」というように「終了する」という訳語を選びます。terminateという動詞は、他動詞なのか自動詞なのかで訳語の選択も違ってくるのです。
このように文脈に応じて訳し分ける場合、訳語の日本語としての意味や法律上の背景、さらには用例までも調べなければなりません。難しいところですが、契約書翻訳では、辞書の訳語に頼らず、しっかりと調べて訳語を選択するよう心がけてください。
(執筆:吉野弘人)
Vol. 17 (2004年12月28日)
法律用語ワンポイント解説
会社法
会社法が改正されます。法制審議会は次期通常国会に法案を提出し、承認されれば2006年4月以降に施行したい考えです。この改正で新しい会社形態が生まれます。現行商法は株式会社、合名会社、合資会社を定めていますが、これに新しい会社を設けます。
会社法が改正されます。法制審議会は次期通常国会に法案を提出し、承認されれば2006年4月以降に施行したい考えです。この改正で新しい会社形態が生まれます。現行商法は株式会社、合名会社、合資会社を定めていますが、これに新しい会社を設けます。
法制審議会は、出資者が出資範囲でしか責任を負わない「株式会社」と出資比率に関係なく利益を分配できる「組合」組織とを折衷した新しい会社形態であり、両者のメリットを備えた会社という意味で、名称を「合同会社」とするようです(仮称ですがこれに決まりそうです)。合同会社は、米国のLimited Liability Company(LLC)の日本版といえそうですが、LLCと異なり、法人格をもち、利益配分や意思決定など自由に決められるようにします。そのため経営の自由度が高いというメリットが期待できます。
「合同会社」という名称はあまり斬新なものとは思えません。それはさておきこの会社の英文表示はどのようなものになるのでしょうか。日本語表示からするとAssociated CompanyとかJoint Owners Companyが思い浮かびます。が、それではこの会社形態を表すとはいえませんし、法務省が正式の英文表示を決めることは今までの経験から考えられませんので、結局のところLimited Liability Companyを使うことになるかと思います。もし、そうなれば翻訳実務上はGodo-Kaisha(“Limited Liability Company”)とするのがよいでしょう。
(執筆:通学担当講師)
法律用語ワンポイント解説
のれん
「のれん」という言葉をご存知でしょうか。「のれん分け」、「のれん代」などの「のれん」です。実はこの「のれん」、れっきとした法律用語です。英語のgoodwillに相当し、会計用語では「営業権」ともいいます。「のれん」とは、長年にわたる営業によって商人が得る無形の経済的利益をいいます。具体的には、営業上の名声、社会的信用、店舗の立地条件、得意先・仕入先との関係、技術水準など、他社を上回る収益を実現できる原因がこれにあたります。たとえば、創業100年の老舗の和菓子屋などは、老舗であるという事実自体が顧客を引きつける価値となっています。
この「のれん」はその企業の無形の財産ですが、通常は貸借対照表には表れません。老舗であるという事実は数字に表せるものではないからです。しかし、企業の営業譲渡や合併に絡んで、この「のれん」が貸借対照表に計上されることがあります。A社がB社の事業につき営業譲渡を受けるとします。この場合、B社の事業の価値は、その事業に関し譲り受ける資産の時価から負債を控除した額で表すことができます。しかし、実際の買収額は単なる純資産の時価ではなく、B社の「のれん」も考慮した金額となります。のれんの存在により同規模の資産を有する他の企業より多くの収益を実現できるわけですから当然といえます。この買収価格と純資産の時価との差額がのれんの価格になり、A社はこの差額を無形固定資産として貸借対照表に計上します。「のれん(営業権)」が会計用語として使われるのはこのためです。無形固定資産に計上された「のれん」は、取得後5年以内に償却しなければなりません(商法285ノ7)。新聞でみられる「○○ 社、のれん代10億円を一括償却」といった記事にはこういった背景があります。こういった新聞記事も、その背景をしっかり調べていくと法律知識の習得につながります。契約書翻訳では、なにげない言葉にも好奇心をもって調べるよう努めてください。
(執筆:吉野弘人)
Vol. 16 (2004年10月7日)
講師・添削者からのアドバイス
翻訳と想像力
通信教育の添削チェックシートの中に「語句レベルの創作訳」「センテンスレベルの創作訳」という項目があります。創作訳とは、辞書にない訳語や実際には使われていない用語を創ってしまうことをいいます。契約書翻訳に限らず、どの分野であっても原則として創作はいけません。小説などを書くのとは違い、翻訳では創造力があまり必要とされません。あくまでも実際に使われている言葉の中から、適訳を探し出すことが求められます。
一方で、創造力ではなく、想像力を働かせることは翻訳においても必要です。特に辞書にぴったりの訳語がなく、インターネット等で探す場合には想像力が役立ちます。以前、映画のノベライズ本の出版契約でbillingという単語が出てきました。billingというとすぐ「請求」「請求書」が浮かびますが、本のカバーにbillingを表示しなければならないというので、どうもこの場合は違うようです。試しにインターネットで「映画+ビリング」を検索してみたら、「ビリング(ポスター、ちらしなどに表示する映画の出演者やスタッフの表記のこと)」という映画用語がありました。実は改めて辞書を引いてみたら、インターネットを使うまでもなく確認できたわけですが。ある程度の推測を交えて訳語を探したり、手がかりが少なかったりするときにインターネットは非常に有効です。ただし、単なる推測や想像だけではなく、きちんと裏付けをとってから訳語を選択してください。裏が取れない訳語は創作訳です。しっかりと裏取りして、適訳を見つけましょう。
また、英文契約書の翻訳では、条項の背景や条文起草者の意図を把握するように努めると訳文に深みが出てきます。理解できた上で訳した場合と、そうではなく表面的にただ訳した場合は、専門知識のある人にはすぐに見抜かれてしまいます。それぞれの条項がどういった状況を想定しているのか、条項の有無が当事者にどのような影響を与えるのかといった事情を想像し、調べたうえで翻訳するように心がけてください。
翻訳をする上で想像力を働かせることは、適訳をあてるための有効な手段となります。わからないことは徹底的に調べなければなりませんが、そのためのツールの一つが想像力といえるでしょう。皆さんも想像力を駆使して、よりよい訳文に仕上げてください。
(執筆:吉野弘人)
Vol. 15 (2004年9月6日)
法律用語ワンポイント解説
Cost と Expense
英文契約書を読んでいると、"AA shall reimburse all damages, costs and expenses suffered by BB in connection with…"という条項に、しばしば出会います。このcostsとexpensesの意味ですが、一般には同義語の併用とみなして「費用」と訳すことが多いようです。しかし、このcostには「法定費用」、「訴訟費用」という意味があることに注意してください。
たとえば、「PL条項」、「訴訟条項」その他の法的責任事項を表現している条項に出てくるcostsは「法定/訴訟費用」を意味しているのです。ですから、costs and expensesが訴訟条項などに使われていたら「法定費用その他の費用」と訳すとよいでしょう(otherがなくてもその意味です)。このことからall damages, costs and expenses including reasonable attorneys' feesの表現も納得できると思います(ちなみに、弁護士費用は法定/訴訟費用に該当しませんので、覚えておきましょう)。
(執筆:通学担当講師)
講師・添削者からのアドバイス
金融・会計用語の裏表
契約書翻訳では、法律用語ばかりでなくいろいろな分野の専門用語が出てきます。その中でも特に多く出てくる金融や会計に関する用語を訳す場合に、注意すべき点を説明します。
loanという単語は、特に難しい単語ではありませんが、皆さんはどんな訳をあてるでしょうか。「貸出金」「借入金」「ローン」「融資」など、いくつかの訳を思いつくでしょう。ただし、このうち「貸出金」と「借入金」という訳は、その文の主語が誰なのかという点に注意が必要です。「貸出金」はあくまでも貸し手の側からみた表現で、一方、「借入金」は借り手の側からみた表現です。loanに常に「貸出金」という訳語をあててしまうと、「借り手は○月○日までに貸出金を返済しなければならない」という奇妙な訳になってしまう可能性があります。行為の主体によって「貸出金」と「借入金」を訳し分け、「借り手は○月○日までに借入金を返済しなければならない」としなければなりません。また、定義語のように訳し分けることができない場合は、主体が誰であるかに左右されない「ローン」や「融資」といった訳語を選択することになります。
同様にleaseという単語にも注意が必要です。「リース」「リースする」というカタカナ表現が一般的になっていますが、この用語もloanと同じように「賃貸」「賃借」の両方の意味があります。たとえばlease agreementは、一方当事者が「賃貸人(lessor)」もう一方の当事者が「賃借人(lessee)」となる契約なので、単に「賃借契約」「賃貸契約」とするのではなく、双方の立場に立った「賃貸借契約」という訳語を選択しなければなりません。また、動詞としてleaseという単語が出てきた場合は、「借りている」のか「貸している」のかを文脈から正しく判断しないとまったく逆の意味になってしまいます。こういった表現については、状況に応じて訳を工夫することで、よりこなれた訳文とすることも可能です。たとえば、the products sold to the Licenseeという表現は、直訳すると「ライセンシーに販売された製品」となりますが、売買という表裏一体の行為であることを考慮すれば「ライセンシーが購入した製品」と、よりこなれた表現になります。
会計や金融に関する行為は、バランスシートの貸方と借方に分けられるように、その多くが表裏一体となっています。こういった行為を表す英語自体は、決して難しいものではありませんが、用語の背景を正しく把握しないと的確に訳すことができません。やさしい単語だからといって油断すると、大怪我をすることもあります。英文契約書は慎重に訳すように心がけてください。
(執筆:吉野弘人)
Vol. 14 (2004年8月16日)
講師・添削者からのアドバイス
正確かつ忠実な翻訳
海外の小説などを日本で出版する場合の出版契約の中に、翻訳版の品質に関する条項があります。そこには、ほとんど決まり文句のように ”The translation of the Work shall be accurate and faithful”という表現が出てきます。意味は「本作品の翻訳は、正確かつ忠実に行う」ということです。文芸物の翻訳の品質として求められる要素は、決して「正確」と「忠実」だけではありませんが(この2つに加え、”idiomatic translation”「こなれた翻訳」であることが求められることもあります)、正確かつ忠実であることは翻訳に対して最低限要求される要素であるということを覚えておいてください。まず、正確かつ忠実に訳し、さらにこなれた訳文とする。これがよい訳文を作るうえでの基本的な条件なのです。
正確かつ忠実な翻訳は、ビジネス翻訳ではきわめて重要な要素です。特に「正確さ」は、契約書翻訳では最も重要な要素といえます。誤訳を避けなければならないことはもちろんですが、同時に読み手に誤解を与えるような表現も英文契約書の翻訳では避けなければなりません。たとえば、定義語でthe Productsを「本製品」「本件製品」とするのも、「製品」とすると、読み手が、他の一般の製品のことだと誤解してしまう可能性があるからです。場合によっては読点1つで意味が変わってしまい、読み手に異なる解釈をさせてしまうことがあります。このようなことを避けるためにも、見直しの際に訳文を何度も読み返し、違う意味に解釈されないかを十分確認するようにしてください。
では、忠実な翻訳とはどういう翻訳のことをいうのでしょうか。第一に原文に忠実であることが求められます。原文に忠実であることが必ずしも逐語訳であることを意味しているわけではありません。語順を入れ替えたり、原文にない語句を補って訳したりすることが必要になる場合もあります。忠実な翻訳というのは原文の意図を忠実に訳出することと考えるべきでしょう。もう一つ忠実である必要があるのは文法に対してです。契約書翻訳では特に文法に忠実に訳す必要があります。正しい英文法を調べるためには、高校レベルの文法書を手元においておくとよいでしょう。必ずしも使用頻度は高くありませんが、いざという時にはきっと役に立つと思います。
契約書翻訳の通信教育の添削で「原文や文法に忠実に訳してください」とコメントをすることがあります。このようなコメントを受けたことがある人は十分注意してください。いろいろなコメントの中ではかなり厳しいコメントだということを認識していただきたいのです。基本は正確かつ忠実であることです。まず、正確かつ忠実に訳すことをこころがけてください。いたずらに美しい表現を追いかけることは学習段階では避けたほうがよいでしょう。正確かつ忠実に訳すことができれば、自然とこなれた訳文になってくるものなのです。皆さん、がんばってください。
(執筆:吉野弘人)
Vol. 13 (2004年7月16日)
法律用語ワンポイント解説
代理人
英文契約書のなかで、代理、代理人に相当する英語といえば、agent, agency, representative, proxy, attorneyなどがすぐ頭に浮かびますが、それぞれの意味にどのような違いがあり、実務上どのような場面にどの用語を選択するかということになると、ハテ?となることがあると思います。そこで、それぞれの使い方を簡単に述べてみます。
(1) Agent
agentは「本人から委任あるいは授権された代理権限の範囲内で、本人に代わって取引、契約など法律行為をなす者」といわれ、一般に個人が代理人になるときに使われます。
(2) Agency
agencyはagentと同じ意味をもつ用語として使用されますが、一般に政府機関その他の法人、団体を代理人とするときに多用されます。たとえば、防衛省の前身である防衛庁はthe Defense Agencyですし、社会保険庁はthe Social Insurance Agencyで、これらの機関は法律上政府の代理機関として位置づけられています。また、商法上の代理商(店)などもagencyを使います。
(3) Representative
representativeは代理人、代表者、担当者などに使われます。これらからわかるように、この代理人は多くの場合、身内の者が代理人、代表者になるときに使われます。具体的にはrepresentative director(代表取締役)、medical representative(医薬品会社の「医薬情報担当者」)の例がそれを示しています。その他representativeは選挙人の利益を代表する人(議員)にも使われます。
(4) Proxy
proxyは会議で議決権行使をするために指名される代理人です。その典型的な例が株主総会における株主の代理人です。このproxyは「委任状」という意味にも使われます。つまり、株主からproxyを渡され株主総会に出席するproxyということです。
(5) Attorney
attorneyは専門職業人としての代理人を意味します。米国ではattorney at lawとして「弁護士」を指します。弁護士以外の者(専門職業人でない者)にattorneyという語を使って事実行為の代理人とする場合は attorney-in-factとします。power of attorneyは「委任状」を意味しますが、proxyの「委任状」と区別されます。
(執筆:通学担当講師)
講師・添削者からのアドバイス
裏を取った?
契約書翻訳を学び始めた人が最初に迷うのは会社名などの固有名詞の表記の仕方ではないでしょうか。契約書の前文には、必ず当事者の名称や住所が出てきます。こういった固有名詞を日本語表記にする場合は、必ず正しい日本語表記を確認しなければなりません。特に日本の会社の場合は、株式会社が社名の前に来るのか、後に来るのかの違いで別の会社を指すことにもなりかねません。契約書翻訳の場合は、まず正式な日本語表記を確認してその表記に従うことが原則です。ただし、日本に営業所がない会社のように正式な日本語表記がない場合は、その会社が日本語による社名をウェブやメディアなどで公表していないかぎり、英文表記のままとします(住所については、原則英文表記です)。このように会社名などの固有名詞の訳は、しっかりと裏を取ることが重要なのです。決して、想像で訳をあててはいけません。
固有名詞に限らず、翻訳全般についても、裏を取るという作業は重要な意味を持っています。皆さんは、訳文を作るときに辞書や参考書を使って調べることと思います。しかし、辞書や参考書に常に正しいことが書いてあるとはかぎりません。これは、リーダーズやランダムハウス、英米法辞典といった有名な辞書も例外ではありません。これらの辞書が信頼できないというわけではありませんが、辞書にある訳語がすべてのケースに当てはまるわけではなく、また時間の経過とともに一般的な表現でなくなっている可能性もあるからです。辞書で単語の意味を調べたときは、その訳語をそのままあてるのではなく、その表現が本当に文脈においてベストな訳語なのかについて、複数の情報源にあたって裏を取る必要があります。なかでも、専門用語には注意が必要です。自分が詳しくない分野の専門用語は辞書にそれらしい訳語が載っていると安心してしまい、よく内容を理解しないままに使ってしまいがちです。英和辞典で見つけた訳語をもう一度専門用語辞典で意味を確認したり、実際にその用語がどのように使われているかを確認したりした上で訳語をあてることをお勧めします。
インターネットの検索を駆使して、その訳が現在一般的に使われている表現なのかどうかを確認することができます。たとえば、”license grant”の訳には「ライセンス許諾」、「ライセンス付与」、「ライセンス供与」といった訳が考えられます。3つの訳はいずれも正解なのですが、この中で契約書翻訳において最も一般的な(よく使われている)表現はどれでしょうか。インターネットの検索サイトで調べてみると、最近は「ライセンス供与」という表現がかなり一般的に使われていることがわかります。
裏を取るということは自分の訳語・訳文の根拠を確認するという作業です。根拠を確認することで、訳文の完成度が高まるのです。自分が作った訳文に今ひとつ自信がないときは、もう一度裏を取るよう心がけてください。自分の訳文の根拠が明確になれば、きっと自信を持って訳文を提出することができるでしょう。ぜひこころがけてください。
(執筆:吉野弘人)
Vol. 12 (2004年6月4日)
法律用語ワンポイント解説
「係る」その2
以前の号で、法律用語「~に係る(かかる)」について説明したところ、「かかわる(係わる、関わる、拘わる)」と「係る(かかる)」との相違、使用時の留意点を解説してほしいというリクエストが寄せられました。
読み方からいうと「~に係る」はどちらにも読めるかもしれませんが、法律・契約用語の「関係する」という意味では「~にかかる」と読みます。「かかる」は「掛かる」「懸かる」「係る」という意味で使われていますが、物事に関係するという意味での「かかる」という言葉から「かかわる」と言う表現が出てきたようです。その意味での「かかる」と「かかわる」の間には相違はないといえます。
日本の基本的法律のほとんどが戦前に作られたこともあり、法律用語は総じて文語的表現が使われています。そのため、私たち現代人が日常的に読む表現と異なる表現があり、若干違和感を覚えるものがあります。
たとえば、「遺言」です。これは法律用語的表現では「いごん」と読みますが、現在では一般に「ゆいごん」(法律事典に「ゆいごん」も出ています)と読まれています。しかし、これも専門家の中にはあくまで「いごん」と読むという方がいます。
話を戻して「~に係る」ですが、物事に関係すると言う意味では「~にかかわる」と読みたいところですし、一般にはそのように読むことが多いようです。しかし、「~に係る」を法律・契約用語として読むときは「~にかかわる」と読むことは、今のところありません。契約書翻訳の雑学として覚えておいてください。
(執筆:通学担当講師)
講師・添削者からのアドバイス
失敗に学ぶ
最近、「失敗学のすすめ」(畑村洋太郎著:講談社)という本を読みました。「失敗は成功の母」というように、失敗の中からこそ人は何かを学ぶことができます。しかし、人は失敗を恥じ、隠そうとしてしまい、なかなか失敗から学ぼうとはせず、そして、また新たな失敗を犯してしまいます。この本の著者は、失敗を前向きにとらえ、これを新たな技術向上の機会にすることを提唱しています。著者は大学の工学部の教授で、この考え方も、もともとは技術に関する研究として始めたそうですが、現在では、ビジネスの世界など、他のあらゆる分野でも応用できるものとして注目されています。そして、もちろん翻訳にも応用できます。
翻訳者が納品する訳文を翻訳会社のほうでチェック・修正し、それが翻訳者にフィードバックされることがあります。翻訳者はフィードバックされた訳文の誤りや修正点を確認することで、次からの仕事に生かすことができます。しかし、翻訳者にとって、フィードバックは通知票のようなもので、見るのがこわいというのが正直なところです。既に納品し、完了した仕事であり、できれば悪い知らせは見たくないものです。しかし、失敗と向き合わなければいつまでたっても進歩はありません。翻訳者になった後も、翻訳者としての能力を高めるためには、フィードバックが教えてくれる失敗を技術の向上に結び付けることが重要です。
翻訳者がフィードバックを次の仕事に生かすのと同じように、翻訳を勉強している人も契約書翻訳の通信教育の解答・解説を確認し、添削で直された部分ももう一度調べるなどして、次の答案に生かしてください。うまく訳せたところはその内に忘れてしまいますが、間違えたところはいつまでも覚えているものです。スポーツでも、負けた試合にこそ学ぶものが多いといわれています。誤りを指摘されることによって、かえって身につくのです。また、減点された部分だけでなく、単に修正された部分もなぜ修正されたのかを考えてみてください。修正されたということは、間違いとはいえないものの、修正された表現の方がベターだということです。A級やプロ養成ではそのようなちょっとした表現の違いがポイントになってきます。残念ながら、中には同じ間違いを何度も犯し、ただ漫然と回数をこなしているだけのような方も見受けられます。同じ間違いを何度も繰り返してしまう原因は、添削の結果や解答・解説を次の答案に生かせていないということなのです。まず添削された答案をしっかりと見直し、間違った部分をもう一度確認してください。また、疑問点は質問票を使って質問してください。間違い(失敗)を肯定的にとらえ、次の課題提出にいかせる人だけが上達することができるのです。今は失敗を恐れず、たくさんの失敗をしてください。そして、その失敗と正面から向き合ってください。皆さんのご健闘を期待しています。
(執筆:吉野弘人)
Vol. 11 (2004年2月17日)
法律用語ワンポイント解説
定義語と用語の統一
契約書翻訳を始めて取り組んだ方から定義語に関する質問をよく受けます。今回は、この定義語を中心に説明したいと思います。
定義語とは、その契約の中で特有の意味を持つものとして定義された用語のことをいいます。たとえば、売買契約では契約の対象となる製品を契約書の中で特定する必要がありますが、定義条項の中で対象となる製品を特定し、その後はこれを「本製品」「本件製品」と呼ぶことにします。この際、契約の対象である製品と一般の製品(たとえば契約の対象ではない製品や他社の製品)と区別するために前者には「本」「本件」をつけます。定義語は一度「本製品」と決めたら、その後契約書の中では必ず「本製品」と表現しなければなりません。「本製品」と定義語を定めたものを、途中から「本件製品」とか「本商品」に呼び方を変えてはいけません。読み手は「本製品」と「本件製品」「本商品」が別なものなのではないかと誤解してしまうからです。
定義語に関する質問で最も多いのは、必ず「本」や「本件」をつけなければいけないのかという点です。これは、必ずしもつけなければいけないというものではありません。「本」や「本件」をつけるのは、一般的な意味の用語と区別するためであり、これらをつけなくても区別ができる場合には必要はありません。また、全ての定義語に「本」や「本件」つけると文章としても非常にわずらわしくなってしまうということもあります。たとえば、「製品」や「ソフトウェア(プログラム)」といった一般的によく使われる用語には「本」をつけたほうがよいでしょう。「本ソフトウェア・プログラムを使用する」と「ソフトウェア・プログラムを使用する」では読み手の受け取る意味が異なってきます。後者は、ワードやエクセルといった一般のソフトウェアを使うという意味にもとれてしまうからです。一方で、『「販売地域」とは日本国をいう』という定義がされている場合、契約の中に他の「販売地域」(他の商品の販売地域など)にあたる表現が出てこないかぎりは、「本」がなくても読み手が誤解を受ける可能性はまずありません。「本」や「本件」をつけるかどうかは、その用語の一般的な意味や別の定義と区別する必要があるかどうかという点で判断します。
定義語以外でも、契約書の中ではできるだけ用語の統一を図る必要があります。ある程度は表現上の多様性も認められますが、同じ意味であるにもかかわらず別な表現をしてしまうと読み手は別なものとして理解してしまう可能性があります。たとえば、「ロイヤルティ」と「実施権料」では意味は同じですが、契約書の中でこの両方の表現が並存すると、読み手はこの2つが別々の性格を持つものと誤解してしまいます。このように重要な用語については契約書の中で表現を統一しなければなりません。契約書はまずなによりも正確性が重視されます。読み手に誤解を与えてしまうような表現は避けるようにしなければなりません。皆さんが英文契約書の翻訳で訳文を作るうえでもこの点を十分心がけてください。
(執筆:吉野弘人)
Vol. 10 (2004年2月17日)
法律用語ワンポイント解説
係る
英文契約書を翻訳しているときに、the matters related to~、the matters concerned with~, the matters involved with~などの表現によく出会います。これらを訳すときに法令用語の「に係る("かかる"と読み、"かかわる"とは読まないことに注意)事項」とするか「に関する事項」とするか戸惑うことがあります。「係る」という言葉は、独特のニュアンスをもつ法令用語として法令・規則の中でよく使われます。
「係る」が法令上最も多く使われるのは「係る」で結ばれる言葉が、より直接的な関係にある場合なのです。たとえば、「その届出に係る事項のうち」(国土利用計画法23条)、や「審査請求に係る処分があったことを知った年月日」(行政不服審査法15条)にみられる「に係る」は、「届出に関する事項」とか「審査請求に関する処分」という意味よりも、もっと直接的な関係を示します。つまり、「届出事項」、「審査請求の対象となっている処分」という意味で使用さています。一方、「に関する」はもっと幅の広い意味で使われ、「に係る」よりもつながり具合が直接的でない場合とか、もう少し漠然とした関係の場合に使われます。「に係る」のような直接的関係に使われることはありません。
では、上記のような例のときに「に係る」とするのか「に関する」と訳すのかということになりますが、その契約条項の内容から判断するしかありません。くどいようですが、「係る」は「かかる」と読んでください。
ところで、「かかる」を「かかる届出」ように「その」や「当該」と同じ意味に使用する方がいますが、このような使い方は法令上や契約条項上ではしませんので、注意してください。
(執筆:通学担当講師)
講師・添削者からのアドバイス
安定した実力を身につける
契約書翻訳のプロとして、継続的に仕事を受注できる人とそうでない人の違いは何でしょうか。その一つは実力が安定しているかどうかということだと思います。常に75~80点の実力が発揮できる人と、90点のときもあれば60点のときもあるという人とでは、翻訳会社はおそらく前者に仕事を発注するでしょう。受講生の方々にも、よいときと悪いときがはっきりしている人がいます。こういった人は、Aをいくつか集めて進級はできても、本当の意味では実力がまだついていないといえます。プロではなく、まだ翻訳を勉強している段階でも安定した実力を発揮するということを考えてみてください。
では、安定した実力を身につけるにはどうしたらよいのでしょうか。まず実際に仕事をしている人であれば、自分自身の実力を知り、常にその範囲内でベストを尽くすということだと思います。たとえば、自分の専門分野をしっかりと確立するということもその一つです。契約書翻訳を専門としていても、時には契約書以外の分野の翻訳を依頼されることもあります。専門以外は一切やらないというわけにはいきませんので、契約書以外にもある程度は得意分野を作っておくことが必要です。ただし、コンスタントな実力を発揮するには、可能なかぎり自分の得意分野に専念することが必要です。まったく専門外の分野の依頼については断るという勇気も必要です。今、英文契約書の翻訳を勉強している人は、まずコアとなる得意分野を作り、そこから、少しずつ関連のある分野へと知識を広げていくとよいでしょう。オールラウンド・プレイヤーを目指す必要はありません。「何でもできます」は、結局「特に得意な分野はない」ということなのです。翻訳者に限らず、人が本当に実力を発揮できる分野はそれほど多くはありません。多くの分野に手を広げる前に、しっかりとした得意分野を確立するようにしてください。
また、訳文を仕上げるプロセスについても、自分なりのスタイルを確立しておくことが必要です。仕事のたびにやり方が変ってしまっては、安定した実力は発揮できません。プロの翻訳者は自分なりの仕事の進め方を持っています。私は、まず一通り訳しておいて、見直しにじっくりと時間をかけるタイプです。人によっては、最初の訳出の際にじっくりと時間をかけて、最初から完成度の高い訳文を作ろうとする人もいるでしょう。どういった方法がよいかは、自分でみつけるしかありません。重要なのは、自分なりのスタイルをしっかりと確立して、できるかぎり同じように進めるということです。英文契約書翻訳の通信教育を受講している方も、仕事を受注したつもりで、自分なりの訳文の仕上げ方を考えてみてください。あるときは、時間をかけてじっくり調べ、あるときは忙しくて辞書しか調べていないというように、その時々でやり方が違っては、コンスタントにA評価を得ることはできません。評価に波があるという方、決して問題の難易度だけが理由ではないと思います。一度、自分の訳文を仕上げるプロセスも見直してみてください。では、みなさん、がんばってください。
(執筆:吉野弘人)
Vol. 9 (2004年1月6日)
法律用語ワンポイント解説
Protective Order
英文契約書のNon-disclosure Agreementにおいて"protective order"という表現を見たことがあると思います。これを英米法辞典で調べると「保護命令;開示制限命令」と出ています。例文で見てみると、
"Each party may disclose any confidential information as required by governmental or judicial order provided that the party gives the other party prompt notice of such order and complies with any protective order imposed on such disclosure."
というところに表現されています。
"provided that the party.....complies with any protective order imposed on such disclosure"は、「その開示情報に対し裁判所が命じる秘密保持命令を当該当事者が順守することを条件に」という意味です。
この「裁判所が命じる秘密保持命令」は、裁判の審理が公開の場所で行われることに関係があります。米国では知的財産権訴訟の公判で被告企業が先端技術などにかかわる情報開示は企業業績に悪影響を与えるとして開示を拒否することがあるときに、審理を非公開にして開示させ、そこで開示された秘密情報について当事者全員に秘密保持命令を出します。
日本では審理は公開(プライバシー関連の事件を除く)の場所で行ってきましたが、近く法改正をし、必要に応じ知的財産権訴訟の審理の一部(証人尋問)を非公開にすることができるようにし、さらに非公開の場で開示された情報について秘密保持命令(protective order)を出せるようにします。これに違反した場合の罰則も規定されます(平成15年10月19日付け日本経済新聞)。
英文契約書の翻訳を志す方は、日頃、新聞・雑誌の記事に注意をしておくと自分が訳す言葉の意味を正確に理解する機会があります。
(執筆:通学担当講師)
講師・添削者からのアドバイス
わかったつもりにならない
以前から繰り返しいっていることですが、契約書翻訳にとって最も重要なことは「徹底的に調べること」です。もう何度もいい続けているので、またかと思う人がいるかもしれません。しかし、このことは分かっていてもできないことがあります。みなさんも「それなりに調べているつもりだけど、結果を見ると調べきれていなかったことに気がつく」と感じているかもしれません。では、なぜ徹底的に調べなかったのでしょうか。原因はいくつかあるでしょうが、そのうちの一つは、「わかったつもりになってしまった」ことではないでしょうか。わかったつもりになって、その先を調べることをやめてしまう。このことが「徹底的に調べること」を妨げる最大の原因だと思います。
言うまでもなく、何かを調べようと思うのは、その事実なり、意味を知らないからであり、知らないことを知りたいと思う欲求が「調べよう」という行動を促すのです。したがって、「知っている」ことに対しては「調べよう」という行動は起こりえません。この場合、本当に知っているのならそれでもよいのですが、実際には単に「知っているつもり」「わかっているつもり」になっていただけということがよくあります。また、同じようなことは、自分の考え(=訳)に自信を持ちすぎている場合にも起きます。人は、自分の考えが「間違いない」「完璧だ」と思った時点で、それ以上調べることをやめてしまいます。人が知っていると思ったとき、それは、決してすべてを知っているわけではなく、また、決して完璧ではありません。知っていると思っていること・完璧だと思っていることをもう一度調べると、意外な事実がわかり、それにより知識がさらに深まり、その幅が一層広がるのです。
では、「わかったつもりにならない」ためには、どうしたらよいのでしょうか。一つには、「謙虚であること」が必要です。これは、別のいい方をすると、「臆病である」ということでもあります。よい翻訳者は、みな臆病です。わかっていることも、もう一度再確認をする。その「臆病さ」「用心深さ」がよい翻訳をするために必要なのです。そして同時に、「好奇心」「探求心」を失わないということも重要です。中途半端なところで調べることをやめず、少しでも疑問に感じたことは、とことん調べることです。その用語なり、表現を自分自身の言葉で説明できるようになるまで調べる必要があります。「徹底的に調べる」とはそういうことをいっています。
今回のテーマは、私の経験からの話でもあり、自らに対する戒めの言葉でもあります。私自身いつも徹底的に調べているといい切れるだけの自信はありません。時間の許すかぎり、常に「本当にこの訳でいいのか」と問い掛けながら、訳していかなければならないと思っています。満足した時点で進歩は止まってしまいます。謙虚に、そして好奇心を失わず勉強を続けてください。皆さんの健闘を祈ります。
(執筆:吉野弘人)
Vol. 8 (2003年12月19日)
法律用語ワンポイント解説
裁判制度
法律文化の異なりを調べているとおもしろいことに気がつきます。たとえば裁判制度です。日本は三審制度(第一審:地方裁判所、第二審:高等裁判所、第三審:最高裁判所)を採用していますが、国が変われば裁判所の構成や名称も変わることは当然です。
ところが、アメリカ合衆国のように国が変わらなくても各州で裁判所の構成や名称が異なるところがあります。それはアメリカ合衆国の州がそれぞれ独立の国家のような法的性質から構成されているからです。各州には州裁判所と連邦裁判所がありそれぞれの管轄権を有して司法判断をしています。
たとえば、supreme courtという用語に出会えば、私たちは日本の「最高裁判所」と同じと考えます。ワシントンDCにあるsupreme court of the United Stateはたしかに「連邦最高裁判所」ですが、ニューヨーク州にあるsupreme courtは日本の地方裁判所に相当する第一審裁判所のことを指します。ニューヨーク州の最高裁判所はcourt of appealといいます。では、各州の最高裁判所はすべてcourt of appealというかというとsupreme court of appealやsupreme of courtさらにはsupreme of judicial courtなどという州もあります。
つまり、私たちが翻訳するときに出会うcourtの名称は日本の裁判所の名称で訳してはならないということなのです。英文契約書を翻訳する際に覚えておいてください。
(執筆:通学担当講師)
講師・添削者からのアドバイス
申込み・承諾・約因
契約が有効に成立するには、①申込み、②承諾および③約因が必要です。今回は、この契約成立の3つの要件について説明します。
agreement(契約)は、「合意」とも訳されるように両当事者の合意事項を定めているものです。この合意は、申込者の「申込み」と被申込者の「承諾」によって形成されます。「申込み」という行為は日常生活でも見られます。所定の書式で行なう注文(書面)や、窓口で「○○を購入したい」と申し出ること(口頭)、さらにはレジに商品を持っていき代金を支払うといった行動(行為)も申込みにあたります。一方、「承諾」とは、この「申込み」に対し受諾の意思を表明することです。「承諾」も「申込み」と同様、書面、口頭または行為によりなされます。コモンローの下では、「承諾」は、明確かつ無条件でなされなければならないとされています。「申込み」に付されていた条件を変更して承諾することは「承諾」ではなく「カウンターオファー」とみなされます。
たとえば、Aが「100万円で機械を売ります」という「申込み」に対し、Bが「99万円なら買います」ということは、Bにより「99万円で買います」という新たな「申込み」がなされたものとみなされ、当初の申込人であるAが「わかりました、99万円で売ります」という承諾をしなければ、合意が形成されたことにはなりません。
一方、「約因」は英米法に特有の概念です。Black’s Law Dictionaryでは、considerationを"Something of value received by a promisor from promisee. Consideration is necessary for an agreement to be enforceable"と説明しています。また、英米法辞典(財団法人東京大学出版会)では「Considerationは、契約を構成する約束に拘束力を与える根拠であって、promisor(約束者)に生じた権利もしくは利益、または promisee (受約者)が与え、被りもしくは引き受けた不作為、損失もしくは責任である」としています。たとえば、「100万円で機械を売ります」という申込みに対し「買います」という承諾をしたとします。この場合申込者の約因は対象となる機械の引渡しであり、被申込者の約因は代金100万円の支払いです。つまり、この場合の約因とは、一方は機械を失い、一方は100万円を失うという「損失の交換」ということになります。「100万円で機械を売ります」という「申込み」、「買います」という「承諾」、そして機械と代金の交換という「約因」の3つの条件が満たされて、契約が執行可能(enforceable)になるのです。
「約因」については、なかなか理解が難しいかもしれませんが、英文契約書を訳すときには何が約因なのかを注意してみると少しずつわかってくるかもしれません。できたら、心がけてみてください。
(執筆:吉野弘人)
Vol. 7 (2003年12月2日)
法律用語ワンポイント解説
訴訟
前号で法律(契約)英語からみた日本語の表現を説明しましたが、今回はその反対側から見てみます。
日本語で「訴訟」といえば裁判所に訴える意味を表し、「民事訴訟」、「刑事訴訟」、「行政訴訟(憲法訴訟を区別する場合もある)」という区分はありますが、「訴訟」という言葉は統一して使用されます。一方、法律英語は訴訟という言葉としてaction、suit、lawsuit、litigationが使われています。これらのなかには英米法の法源であるcommon law とequityの区別からきているものがあります。現在ではcommon lawとequityの区別が実務上なくなっていますが、歴史的に見るとcommon lawとequityとの分野で「訴訟」という言葉を異なったもので表現していました。
まず、actionですがこれはaction at lawと表現されることがあるようにcommon law courtに提訴する(take action)場合の「訴訟」(主として損害賠償請求事件)に使われていました。suitはsuit in equityといわれるように equity courtに訴える(sue)場合(主として差止請求事件)の言葉だったのです。この原則は現在でも存在していますが、たとえば、derivative suitと表現されていた株主代表訴訟に現在ではderivative actionという表現も見られます。
Lawsuitはcommon lawのlaw(つまりaction)にequityのsuitが合わされたもので民事訴訟の分野で幅広く使用されています。Litigationは法的手続きを含む「訴訟」という言葉として、complex mass tort litigationなどclass actionと同じように損害賠償請求事件にも使用されています。
今日ではcommon law courtとequity courtの区別がなくなったとはいえ、どの種類の訴訟にaction, suit, lawsuit, litigationの言葉を使用するかは判例法上、制定法上で決められていますので英文契約書を和訳するときは注意しなければなりません。
(執筆:通学担当講師)
講師・添削者からのアドバイス
真似から始めよう
何かを習うとき、うまい人の真似をするということは上達の秘訣の一つです。ある一定以上の実力が備わった後は、自分なりの個性や、持ち味を発揮していくことが必要で、そういった個性は人の真似をしても身につくものではありません。しかし、習い始めは、誰でも人真似から始めるのです。何もわからないようなレベルで、自分だけの考えで始めてしまうと、独りよがりに陥ってしまい悪い癖がついてしまいます。
契約書翻訳にも同じことがいえます。文芸翻訳は表現の自由度も高く、訳す人の個性が反映されます。しかし、契約書翻訳は、一つの英文を何人かの翻訳者が訳した場合、かなり似通った訳文になります。それだけ、個性的な訳文よりも、均質な訳文が求められるということがいえます。それは、別の見方をすれば、見習うべき訳文が多く存在しているということです。日本語の契約書や、法令文、英文契約書に関する参考図書にある試訳などが参考になります。
契約書翻訳の場合、契約書らしい表現をする必要があります。普通の会話で使う口語体の表現を契約書で用いることはまずありません。契約書を翻訳するには、まず、契約書特有のやや堅い文体に慣れる必要があります。このような文体を真似することから始めてみましょう。「~するものとする」「~を問わず」「有する」「みなす」といった契約書や法令文に特有な表現を使えるようになれば、訳文が契約書らしくなってきます。
また、定型句のような表現もいくつかあります。「~に別段の定めのない限り」が代表的なものです。これを、「~に他に定められている場合を除いて」と訳しても意味として間違いではありません。しかし、どちらが契約書らしい表現かは一目瞭然でしょう。他にも「自己のためにすると同様の注意義務をもって」とか「上記の定めにかかわらず」といった表現があります。いずれも英文の意味さえつかめれば訳せますが、一般的によく使われている表現とするには、過去の用例を調べてこれを真似するしかありません。
皆さんの答案の中には、飯泉講師の『英文契約書の基礎知識』等を調べていれば分かるはずなのに、きちんと調べ切れていないという間違いを多く見かけます。これらの参考図書のなかには課題とよく似た表現があり、そのまま答えとして利用できる例文が多くあります。答えを見て、そのまま引用するのは抵抗があるのでしょうか。私は、そうは思いません。真似をすれば、よい訳文ができるのならば、これを利用しない手はありません。真似をするということは他人のよい訳文を調べるということです。これまでも何度もいってきたように、翻訳において最も重要なのは徹底的に調べることです。真似をするということは、「調べる」ことの一つなのです。他の分野と違い、契約書翻訳には答えがあります。その答えを知ろうとしなければ良い訳文はできません。まず、答えを真似ることから始めてください。
(執筆:吉野弘人)
Vol. 6 (2003年10月17日)
法律用語ワンポイント解説
救済
今回は、日米の法律(契約)用語での表現の差異について説明します。たとえば、「救済」という言葉のバリエーションで考えてみましょう。「救済」に対応する英語はremedyです。UCC §1-201に次のような規定があります。
"Aggrieved party" means a party entitled to resort to a remedy.
(試訳:「権利を侵害された当事者」とは救済を求める権利を有する当事者をいう。)
それでは、次の言葉は英語法律用語ではどのように表記するのでしょうか。
1)救済手段
2)救済措置
3)救済方法
日本語的表現から考え、
1)remedy measures
2)remedy proceeding
3)remedy method
などを考えられたのではないでしょうか。では、ひとつずつそれらを表記している法律や条約で見ていきましょう。
1)救済手段:remedies
日米租税条約25条1項は、
"notwithstanding the remedies provided by the national laws of the Contracting States....."
(訳)両締約国の法令で定める救済手段とは別に...。
2)救済措置:remedies
日英通商航海条約25条(2)は、
suitable civil remedies shall be...
(訳)適当な民事上の救済措置が...。
3)救済方法:remedies
UCC§2-316(4)は、
Remedies for breach of warranty can be limited in accordance with this Article...
(訳)担保義務違反に対する救済方法は...に関する本条の規定に従ってこれを制限することができる。
つまり、上記の日本語に対する英語法律用語はすべてremediesで表現されます。
このように日米法律用語はそれぞれに独自の表現があるため、それらに惑わされ、的確な読みとりができないと用語の選択に間違いが生じることになりますので注意が必要です。上記の1)、2)、3)にはそれぞれ「手段」、「措置」、「方法」という言葉が添えられていますが、つまり、その意味は「救済」ということなのです。もちろん、その反対もあります。common lawとequityの関係もあって、英語法律用語の方が表現にバリエーションがあるケースも多くあります。たとえば、「訴訟」を表現するものにaction、suitやlawsuitなどがあることからもわかります。
(執筆:通学担当講師)
講師・添削者からのアドバイス
良い訳文を作るコツ
契約書翻訳で良い訳文を作るコツがあるのをご存知でしょうか。そんな都合の良い話はないと思うかもしれませんが、意外と単純なことなのです。それは「徹底的に調べること」です。「何だそんなことか」と思うかもしれません。しかし、「徹底的」に調べるのは決して簡単なことではありません。では、「徹底的に調べる」とはどういうことか、いくつか例をあげて説明したいと思います。
・辞書を徹底的に調べる。
「調べる」というとインターネットや参考図書をすぐ思い浮かべる人がいるかもしれませんが、もっとも基本的な調査は辞書を引くことです。まず、辞書のその単語の意味をスミからスミまで調べて適訳を探します。また、辞書によって内容が違うので複数の辞書にあたります。
・背景を調べる。
単語の意味がわかっていても、その背景を理解して訳すのと、そうでないのとではやはり違いが出てきます。特に専門用語は、その背景を理解して訳さないと専門家が見るとどこかおかしな訳になってしまいます。また、分かりやすい訳文にするためには、背景を理解した上で若干の説明を加えるなどの工夫が必要になります。その際には、背景を正しく理解することが必須になります。
・用例を調べる。
その単語や表現の用例を調べます。これにはインターネットでの検索が威力を発揮します。たとえば英語の表現を検索し、同じ表現の英文をいくつか読んでいくうちに、大体の意味が推測できてくることがあります。また、日本語の表現についても、どういった表現が一般的か、正しい表現は何かを調べることができます。
・訳例を調べる。
『英文契約書の基礎知識』といった英文契約書に関する参考書には多くの訳例が載っています。契約書の表現は決まりきった表現やよく似た表現が多いので、こういった訳例は大いに参考になります。巻末の索引などを利用して徹底的に調べてください。受講生の中には、訳例を全てワープロに落として、検索機能でいつでも調べられるようにした人もいます。
・ウラを取る。
調査において重要なのは与えられた情報を鵜呑みにしないで、その裏づけを取ることです。辞書にも誤りがあります。また、インターネットの情報には信頼性に欠ける部分もあります。複数の出典を調べて、情報の信頼性を高めることが必要です。英和辞典で訳を探し、その意味を国語辞典で確認するといった作業も時には必要です。
・自分の訳文を調べる。
これは要するに見直しをするということです。自分の訳文をもう一度第三者の目でチェックし、意味が通じているか、矛盾がないか、読み手に誤解を与えないかを確認します。ちょっとでも疑問点が残った場合は何度でも辞書、インターネット、参考書等で再確認してください。
これらの点について注意して、徹底的に調べたとしても十分とはいい切れません。それぞれの要求されるレベルによって調べる手段や度合いは異なってくるからです。少なくとも、読み手に調査不足の訳文と感じさせないよう、できるかぎり調べるようにしてください。
(執筆:吉野弘人)
Vol. 5 (2003年8月29日)
法律用語ワンポイント解説
損害賠償責任 -契約責任と不法行為責任 (2)-
債務不履行や不法行為といった事由が生じた場合に発生する法律上の損害賠償責任について、前者を契約責任(債務不履行責任)、後者を不法行為責任といいます。契約責任とは、当事者の間に契約関係が存在している場合に、一方の当事者がその義務を履行しなかったことから損害が発生した場合の責任のことをいいます。一方、不法行為責任は加害事故の当事者間に契約関係がなくても発生します。不法行為責任の要件は、①加害者に故意または過失があること、②損害が発生していること、③他人の権利を侵害していること(違法性があること)、④加害行為と損害との間に因果関係があること、⑤加害者に責任能力があることの5つとなっています。
債務不履行責任と不法行為責任の両方が成立する場合、被害者(債権者)はどちらの責任を選択してもかまいません。どちらの責任を選択しても損害賠償の範囲はほぼ同じです。ただし、立証責任の負担と損害賠償請求権の消滅時効という点において、両者には違いがあります。契約責任の場合は、原則、債務者が立証責任を負います。つまり、裁判では債務者(契約違反を冒したと申し立てられた者)が、債務不履行につきその責めに帰すべき事由に基づかないことなどを証明しなければなりません。債務者がこれを立証できない場合、損害賠償責任が認められます。一方、不法行為責任の場合には、原則、被害者が立証責任を負い、被害者が加害者の故意・過失により損害を受けた事実を証明しなければ、損害賠償請求は認められません。また、債務不履行に基づく損害賠償請求権の消滅時効は 10年(民法167条1項)となっていますが、不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効は、損害および加害者を知った時から3年、不法行為の時から20 年となっています(民法724条)。被害者(債権者)は、これらの違いを理解したうえで、有利な条件となる責任を選択することになります。
契約書における損害賠償に関する定めとしてもう一つ注意しておきたいのが損害賠償額に関する条項です。契約書には債務不履行があった場合の違約金を定める場合があります。違約金は、あらかじめ損害賠償責任を負う者の賠償額を定めた「損害賠償額の予定」を定めたものと推定されます(民法420条)。また、ライセンス契約において損害賠償額を受け取ったロイヤルティの額に限定するといった条項が見られますが、これも損害賠償額の予定にあたります。契約で損害賠償額の予定が定められている場合、債権者は実際の損害額が予定額より大きかった場合でも、予定額以上の金額を請求することはできません。また、裁判所も契約に定められた予定額に従って、賠償額を判断することになり、これを増減することはできません。
以上、契約書によく見かける損害賠償請求について説明しました。見慣れた条項についてもその背景をしっかりと理解しておくことでよりわかりやすい訳文を作ることができます。契約書翻訳に際しては、機会を見て背景知識についても勉強しておきましょう。
(執筆:吉野弘人)
Vol. 4 (2003年7月17日)
講師・添削者からのアドバイス
質問票を活用しましょう
4月になって新学期を迎えたせいか、ジェックス英日契約書翻訳の通信教育B級を新たに受講する方が増えてきました。ご存知のようにジェックスの通信教育では、各回の解答と解説には質問票で課題に関する質問を受け付けています。しかし、残念ながら現在質問票を送ってくる受講生は全体の1割から2割にしかすぎません。せっかくのチャンスを無駄にすることはありません。受講生の皆さんにはこの質問票を十分に活用して、英文契約書翻訳の学習に役立てていただきたいと思います。今回は、質問票活用のポイントについて説明いたします。
質問の中には、原文をそのまま指定して「ここを訳してください」といってくる人がいますが、こういった質問(というか要望)には、そのままお答えしていません。少なくとも自分なりの訳とどこが分からないのかをはっきりさせて質問してください。できれば解答・解説をしっかり復習し、自分でもしっかり調べて、それでも分からなかった部分を質問するのが理想ですが、そこまで肩肘張って考える必要もないでしょう。ただし、少なくとも自分はこう思うという、自分の意見をしっかりと述べてください。
私が添削するときには、紙面の関係であまり詳しいコメントを加えられない場合があります。また、「辞書で調べておいてください」とか「法律用語辞典で確認しておいてください」といったコメントをよくします。これは、決して答えるのが面倒くさいからではなく(本当です)、詳しく説明するよりもまず受講生が自分で調べることが大事だと考えているからです。しかし、こういった場合、調べても調べ切れなかったり、調べているうちに新たに疑問が出てきたりということがあると思います。そういったときにはぜひ質問票を使ってください。調べているうちに関連して出てきた疑問について質問していただいてかまいません。このように、自分が調べた内容を再確認するために質問票を使うのも一つの方法です。
私もJEXの通信教育を受講していたころ(私も受講生でした)、よく質問票を提出していました。質問というより、質問票を使って添削に文句をいっていたといった方が近いかもしれません。今は逆に添削をする立場になりましたが、そのような添削者を困らせる質問には残念ながら(幸いなことに?)あまり出会いません。それでも質問票を見るときは、どんな質問が来るのかといつもドキドキしています。楽しみでもあり、不安でもありといった感じです。他の先生方ともよく話すのですが、優秀な人ほどよく質問をし、かつ、鋭い質問をしてきます。皆さんも一度添削者に挑戦するような鋭い質問を考えてみてください。そのためにはしっかりと調べて、自分の考えをしっかりした根拠をもって説明できなければいけません。添削者が降参するような素晴らしい質問を送ってください。皆さんの挑戦を待っています。
(執筆:吉野弘人)
Vol. 3 (2003年6月13日)
法律用語ワンポイント解説その1
Negotiationは交渉か?
英語の法律(契約)用語には私達が一般に使用する意味と異なる意味のものが多く出てきます。たとえば、negotiationです。一般には「交渉」「協議」などの意味を思い浮かべます。ところが、法律用語としてnegotiationが使われると、交渉や協議のほかに「流通」という意味で使われることがしばしばあります。「流通証券」と訳されるnegotiable instrumentは、それに裏書(endorsement)し、交付(delivery)することによって、あるいは単に交付することによって、証券の権利を他に移転(transfer)できる証券を指します。
少し難しくなりますが、negotiable instrumentについては、次の証券が流通性(negotiability)を有するときにこれらを総称して流通証券といいます。
① 商業証券(commercial paper)
金銭支払いを目的とする証券で、為替手形(draft)、約束手形(promissory note)、小切手(check)、預金証書(certificate of deposit)があります(主として企業が持参人払い方式で発行する短期の無担保約束手形のことを指しCPと称されています。UCC第3編に規定)。
② 権原証券(document of title)
物品の受取、所持、処分を表す証券で、船荷証券(bill of lading)、倉庫証券(warehouse receipt)があります(UCC第7編に規定)。
③ 投資証券(investment security)
投資目的で取得・保有される証券で、株式(stock)や社債(bond)があります(UCC第8編に規定)。
上記の証券でもその流通性が確保されていないと単なる紙片になりますので、これらの証券に流通性をもたすために、流通性の要件(つまり、流通証券であるための要件)が明確・厳格に規定されています。
この要件は、流通証券を発行するにあたり、当事者間の合意で放棄(waiver)することはできません。従って、要件を一部でも欠いている証券券面上に"This instrument is negotiable"という文言を加えてもそれは無利益の記載ですので、その記載から流通性が生じることはありません。英文契約書にも"Robert shall issue and deliver to JEX a promissory note which note shall be negotiable to pay US $10,000 as the sales price of the products on June 30, 2019."などとよく記載されます。
negotiable、negotiation、negotiabilityなどの用語の意味を覚えておきましょう。
(執筆:通学担当講師)
法律用語ワンポイント解説その2
契約責任と不法行為責任
和文契約書でも、英文契約書でも、必ず損害賠償に関する条項が出てきます。非常に重要な内容なのですが、聞きなれた言葉だけに、あまり深く調べたことがないという方もいるのではないでしょうか。今回は、損害賠償責任について説明したいと思います。
損害賠償とは一定の事由により損害が生じた場合に、その損害をてん補することをいいます。この場合、損害が生じる事由として、契約不履行や不法行為などがあります。契約不履行は債務不履行ともいい、債務者が契約の条件を履行しないことをいいます。債務不履行は、履行期に債務を履行しない「履行遅滞」、債務の成立した時点では履行可能であったものがその後に不能になる「履行不能」、履行はされたもののそれが不完全である「不完全履行」の3つに分類することができます。このような債務不履行が発生した場合、一定の要件のもとで債権者は債務者に損害賠償を請求することができます。債務不履行は、契約書にもよく出てくるので理解は難しくないと思います。このように、契約によって生じる責任を契約責任といいます。
一方、不法行為とは故意または過失により他人に損害を与えることをいいます。契約不履行との大きな違いは、損害を与える者と損害を被る者の間には契約関係が存在しないということです。たとえば、交通事故の場合、加害者と被害者の間には普通、契約関係は存在しませんが、加害者は被害者に損害を賠償しなければなりません。このように不法行為によって生じた責任を不法行為責任といいます。一つの損害事故に対し、契約責任と不法行為責任の両方が同時に成立することもあります。たとえば、タクシーの運転手が過失等により、乗客を負傷させた場合には、過失により損害を与えたことから不法行為責任が生じますが、同時に、乗客を安全に目的地まで運ぶという運送契約に対する契約責任も生じます。このように、両方の責任が成立する場合は、被害者(または債権者)は、どちらの責任を選択して損害賠償を請求してもよいとされています。
民法は、長い間故意・過失を原因とした不法行為責任を賠償責任の大原則としていましたが、平成7年7月、製造物責任から生じる損害賠償責任を認めることになりました。製造物責任とは製造物の欠陥によって、他人の生命、身体その他財産に損害を与えた場合に製造業者等が負う責任のことをいいます。不法行為責任との違いは、製造者等の故意または過失による責任を対象とするのではなく、製品の欠陥(製造物が通常有すべき安全性を欠いていること)により生じた損害を責任の対象にしている点にあります。すなわち、製品に欠陥があれば、製造者に故意または過失がなくても、製造者は損害賠償責任を負うという無過失責任が適用される点に不法行為責任との違いがあります。
契約責任、不法行為責任は、それぞれの責任によって立証責任や消滅時効などが異なります。また、製造物責任のように無過失責任として加害者に厳しく適用される責任もあり、損害が発生した場合、被害者(または債権者)は、どのような責任を加害者(または債務者)に求めるかを検討する必要があります。これらの両者の違いや損害賠償の範囲については、また別の機会に説明したいと思います。
(執筆:吉野弘人)
Vol. 2 (2003年5月7日)
講師・添削者からのアドバイス
米国の会社表示
日本の企業形態で会社と称するものに、株式会社、有限会社、合名会社、合資会社があります。これらの企業は、必ず名称(たとえば「ジェックス」)の前後に会社形態を表示しなければなりません(たとえば「有限会社ジェックス」)。このルールは米国でも同じですが、米国の会社形態には株式会社(stock corporation)しかありません。しかも、会社法は州法ですから、州法によりcorporationを表示するものに差異があります。
会社法としてよく引用されるデラウェア州法102条をみると定款(Certificate of Incorporation。なお、デラウェア州はArticles of Incorporationを使用していません)に、株式会社の商号にはassociation, company, corporation, club, foundation, fund, incorporated, institute, society, union, syndicate, or limited, or one of the abbreviation(co., corp., inc., ltd.)などを付すことを求めています。
一方、ニューヨーク州法3条は、会社の表示としてcorporation, incorporated, or limited or an abbreviation of one of such words(corp., inc., ltd.)を付さなければならないとしています。このように米国では各州法により会社の名称表示に差異があり、ある州でassociationを付して会社設立の届出をしたところ、州長官が第三者にはassociationはpartnershipと区別がつけにくいとして設立免許状(Certificate of Incorporation)を出さなかったというケースがあります。
デラウェア州のようなやや歴史のある会社法では、association, club, foundationなどを付して届出しても受理されるかもしれませんが、ほとんどの州では株式会社はcorporation, incorporated, limitedを求めています。特に気をつけるのはcompanyです。たとえば、個人商店などでRobert & Co.といった商号を付けることがありますが、このcompanyは「Robertとその仲間」というような意味を表し、必ずしも株式会社を表示しているとは限らないのです。
従って、英文契約書にcompanyが表示されているときは、株式会社と訳すと問題が生じることがあります(”Co., Ltd.”はcompany limited by sharesの略で、株式会社を表します)ので、注意して訳しましょう。
(執筆:通学担当講師)
律用語ワンポイント解説
「機密」と「秘密」
「機密」とは、広辞苑(岩波書店刊)や、大辞林(三省堂刊)などの国語辞典によると「主に政治・軍事上の重要な秘密をいう」言葉とされています。ところが実際には、ソフトウェアの契約書で民間企業の情報についても、たとえば「秘密保持契約」「秘密保護義務」「企業秘密」「会社の秘密情報」などと「秘密」を使っているケースと、「機密保持契約」「機密保護義務」「企業機密」「会社の機密情報」というように「機密」を使っているケースがあります。なぜソフトウェアの契約書で「機密」が使われるのでしょうか。それは防衛庁に関係する契約書の文言をそのまま流用したからだと言われています。このような経緯はありますが、ジェックスでは契約書において「機密」は国家の重要秘密に使い、それ以外には「秘密」を使うことを推奨しています。
この問題はさておいて、米国政府の場合、次のように定義される"classified information"が国家の「機密情報」に当たると考えられます。
Classified Information - Any information or material, regardless of its physical form or characteristics, that is owned by the United States Government, and determined pursuant to Executive Order 12356,April 2, 1982 or prior orders to require protection against unauthorized disclosure, and is so designated.
[The ‘Lectric Law Library's Lexicon] |
また、上記のExecutive Order 12356(行政命令第12356号)で、次のように機密等級が定められています。
Top Secret(機密)---その不正開示が国家安全保障に特に重大な(exceptionally grave)損害を及ぼすと合理的に予想される情報資料に適用される。
Secret(極秘)---その不正開示が国家安全保障に重大な(serious)損害を及ぼすと合理的に予想される情報資料に適用される。
Confidential(秘)---その不正開示が国家安全保障に損害を及ぼすと合理的に予想される情報資料に適用される。 |
上記の機密等級に添えた訳語は、次に紹介する防衛庁の用語を借用したものです。
防衛庁の秘密には、米国政府から供与されたミサイルや戦闘機など装備品の構造・性能に関する「防衛秘密」と、防衛庁の業務に関する「庁秘」があり、さらにそれぞれ漏洩された場合の損害の大きさの順に「機密」「極秘」「秘」に区分されています。
日本の企業では、文書管理規定に次の例のような秘密等級を設けているところもあります。
「極秘」:重要事項で機密に属するもの
「秘」:極秘に次ぐ機密に属するもの
「社外秘」:社外に漏らすことを禁ずるもの
「親展」:社外に発する場合の機密文書 |
このほか、「極秘」「厳秘」「部外秘」「社外秘」とする例もあります。
「丸秘」「マル秘」というのもあります。一種の社内用語のようなものです。
最後に、インターネットセキュリティ関係の翻訳で実際に扱ったことがある秘密の表示例を紹介しますが、参考に添えた和訳は、その都度英文の文脈からつけた試訳であり、定訳ではありませんのでご注意ください。
Top Secret(極秘)
Secret(丸秘)
Sensitive(機密)
Confidential(丸秘、親展)
Restricted(限定開示)
ABC Personal Only(ABC社外秘)
For Your Eyes Only(貴社限定使用) |
(執筆:西田 利弘)
Vol. 1 (2003年4月11日)
法律用語ワンポイント解説
不作為
作為とは何かをすることで、不作為とは何もしないことだという説明について、何の疑いも持っていなかったのですが、先日、「不作為」という言葉について詳しく調べてみる機会があったので、有斐閣の「法律用語辞典」をみました。そこには、「何もしないこと、又は一定の行為をしないこと」と説明されていました。さらに、これを英語で何というかを調べるため、田中英夫著の「英米法辞典」をみると、omission/nonfeasance/neglectが該当しており、その意味は「何もしないのではなく、なすべきことを(まったく)しないこと」という説明がありました。この最も権威ある2つの辞書の説明を読み比べて、微妙な相違があることに気付きます。つまり、「何もしないこと」と「なすべきことをしないこと」とは同一ではないのです。
「何もしないこと」については、あきらかに矛盾があります。たとえ寝ている時でも睡眠という行為を行っているのですから、いかなる人間にとっても「何もしないこと」などありえないのではないでしょうか。となると、「なすべきことをなさないこと」という説明がわかりやすくなります。たとえば、大量殺戮兵器を破棄しなければならないのに、その義務を果たそうとしないイラクのフセイン大統領は、まさに「不作為の罪」をおかしているといえます。しかし、この説明にも100パーセント納得できない点があります。つまり、対象が「なすべきこと」に限定されてしまい、それ以外の行為をしない場合には「不作為」にならないのか、という疑問が出てくるからです。たとえば、酒をのまない、タバコを吸わない、競合取引きをしない、立ち退かない、家を建てない、迷惑をかけないなどです。
そこで、反対語の「作為」を調べてみると、有斐閣では「人の行為のうちの特定の行為に着目したとき、…当該行為を行うこと(積極的挙動)を作為という」と説明されています。因みに、英米法辞典では、作為をaction/feasanceといい、単に「作為・行為」と訳されているだけです。
このように考察してきて、わたしが到達した結論は、「不作為とは、何もなさないのではなく、またなすべきか否かを問わず、一定の行為をなさないこと」という解釈です。さて、皆さんはどのようにお考えでしょうか。ご意見、ご批判などいただければ幸いです。
(執筆:通学担当講師)
講師・添削者からのアドバイス
日本語にこだわりを
通信教育の添削をしていて、とても気になる点が1つあります。それは、みなさんが答案をメールで送ってくる場合に添えられるメッセージについてです。「第5回解答を送付します」とか「第5回の回答を送付します」といったメッセージが添えられていることがあります。細かい話で恐縮ですが、みなさんが提出するのは、「答案」であって、「解答」や「回答」ではありません。試訳と解説を説明しているのが「解答」、質問票の質問に対し、送付しているのが「回答」です。もちろん、こういった間違いが添削に影響することはありません。しかし、もう少し、日本語に対し敏感になってほしいと思います。翻訳上級者は決してこのような間違いは犯さないということも事実なのです。英日翻訳において重要なのは、外国語よりも日本語であると言われます。私の知っている翻訳者の方々も、日本語に対してかなりのこだわりを持っています。しかし、受講生の方々は美しい日本語、こなれた日本語を使って表現するということよりむしろ、正しい日本語を使うことに気を使ってください。
「的を射た」と「当を得た」を混同して、「的を得た」としてしまう誤用はよく知られています。インターネットで「的を得た」と検索すると、誤った例であるにもかかわらず、1万3000件を超える例がヒットします(そのうちの何割かは、誤用を紹介したものですが)。また、「おさがわせ」で検索すると、
1000件以上ヒットするといった笑ってしまうような誤用例もあります(正しくは「おさわがせ」)。つまり、一般的に通用しているからといって、その用例が必ずしも正しいとは限らないということです。日本語の用法に少しでも疑問を感じたり、不確かだと感じたりした場合は、必ず国語辞典を引いて確認するようにしてください。
契約書翻訳で使う用語にも、そのニュアンスを理解して使う必要があるものがいくつかあります。その代表例は「要求」と「要請」です。「要求」が「当然の権利として強く求めること」を意味するのに対し、要請には「請い(乞い)求める」という意味があり、両者のニュアンスにはかなり違いがあります。英語ではrequire、demandが「要求」にあたり、requestは「要請」にあたります。また、「承諾」と「承認」にも微妙なニュアンスの違いがあります。「承諾」が「他人の依頼などを引き受けること」という意味であるのに対し、「承認」には、「相手の言い分を聞き入れること」「ある事柄が正当であると判断すること」といった意味になっています。微妙な違いですが、「承認」は地位の上の者が行う行為といった印象を受けます。公平を原則とする契約の両当事者間の行為としては「承諾」の方がぴったりします(法律用語辞典で確認してみるとその違いはより明確になると思います)。これらの用語は契約書に頻出する用語ですが、その意味の違いは、法律用語辞典でなくても、国語辞典を調べれば理解することができます。翻訳をする際には、国語辞典も手元に置いて確認しながら訳文を作成するようにしてみてください。
(執筆:吉野弘人)
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