安定した実力を身につける

契約書翻訳のプロとして、継続的に仕事を受注できる人とそうでない人の違いは何でしょうか。その一つは実力が安定しているかどうかということだと思います。常に75~80点の実力が発揮できる人と、90点のときもあれば60点のときもあるという人とでは、翻訳会社はおそらく前者に仕事を発注するでしょう。受講生の方々にも、よいときと悪いときがはっきりしている人がいます。こういった人は、Aをいくつか集めて進級はできても、本当の意味では実力がまだついていないといえます。プロではなく、まだ翻訳を勉強している段階でも安定した実力を発揮するということを考えてみてください。

では、安定した実力を身につけるにはどうしたらよいのでしょうか。まず実際に仕事をしている人であれば、自分自身の実力を知り、常にその範囲内でベストを尽くすということだと思います。たとえば、自分の専門分野をしっかりと確立するということもその一つです。契約書翻訳を専門としていても、時には契約書以外の分野の翻訳を依頼されることもあります。専門以外は一切やらないというわけにはいきませんので、契約書以外にもある程度は得意分野を作っておくことが必要です。ただし、コンスタントな実力を発揮するには、可能なかぎり自分の得意分野に専念することが必要です。まったく専門外の分野の依頼については断るという勇気も必要です。今、英文契約書の翻訳を勉強している人は、まずコアとなる得意分野を作り、そこから、少しずつ関連のある分野へと知識を広げていくとよいでしょう。オールラウンド・プレイヤーを目指す必要はありません。「何でもできます」は、結局「特に得意な分野はない」ということなのです。翻訳者に限らず、人が本当に実力を発揮できる分野はそれほど多くはありません。多くの分野に手を広げる前に、しっかりとした得意分野を確立するようにしてください。

また、訳文を仕上げるプロセスについても、自分なりのスタイルを確立しておくことが必要です。仕事のたびにやり方が変ってしまっては、安定した実力は発揮できません。プロの翻訳者は自分なりの仕事の進め方を持っています。私は、まず一通り訳しておいて、見直しにじっくりと時間をかけるタイプです。人によっては、最初の訳出の際にじっくりと時間をかけて、最初から完成度の高い訳文を作ろうとする人もいるでしょう。どういった方法がよいかは、自分でみつけるしかありません。重要なのは、自分なりのスタイルをしっかりと確立して、できるかぎり同じように進めるということです。英文契約書翻訳の通信教育を受講している方も、仕事を受注したつもりで、自分なりの訳文の仕上げ方を考えてみてください。あるときは、時間をかけてじっくり調べ、あるときは忙しくて辞書しか調べていないというように、その時々でやり方が違っては、コンスタントにA評価を得ることはできません。評価に波があるという方、決して問題の難易度だけが理由ではないと思います。一度、自分の訳文を仕上げるプロセスも見直してみてください。では、みなさん、がんばってください。
(執筆:吉野弘人)