定義語と用語の統一

契約書翻訳を始めて取り組んだ方から定義語に関する質問をよく受けます。今回は、この定義語を中心に説明したいと思います。

定義語とは、その契約の中で特有の意味を持つものとして定義された用語のことをいいます。たとえば、売買契約では契約の対象となる製品を契約書の中で特定する必要がありますが、定義条項の中で対象となる製品を特定し、その後はこれを「本製品」「本件製品」と呼ぶことにします。この際、契約の対象である製品と一般の製品(たとえば契約の対象ではない製品や他社の製品)と区別するために前者には「本」「本件」をつけます。定義語は一度「本製品」と決めたら、その後契約書の中では必ず「本製品」と表現しなければなりません。「本製品」と定義語を定めたものを、途中から「本件製品」とか「本商品」に呼び方を変えてはいけません。読み手は「本製品」と「本件製品」「本商品」が別なものなのではないかと誤解してしまうからです。

定義語に関する質問で最も多いのは、必ず「本」や「本件」をつけなければいけないのかという点です。これは、必ずしもつけなければいけないというものではありません。「本」や「本件」をつけるのは、一般的な意味の用語と区別するためであり、これらをつけなくても区別ができる場合には必要はありません。また、全ての定義語に「本」や「本件」つけると文章としても非常にわずらわしくなってしまうということもあります。たとえば、「製品」や「ソフトウェア(プログラム)」といった一般的によく使われる用語には「本」をつけたほうがよいでしょう。「本ソフトウェア・プログラムを使用する」と「ソフトウェア・プログラムを使用する」では読み手の受け取る意味が異なってきます。後者は、ワードやエクセルといった一般のソフトウェアを使うという意味にもとれてしまうからです。一方で、『「販売地域」とは日本国をいう』という定義がされている場合、契約の中に他の「販売地域」(他の商品の販売地域など)にあたる表現が出てこないかぎりは、「本」がなくても読み手が誤解を受ける可能性はまずありません。「本」や「本件」をつけるかどうかは、その用語の一般的な意味や別の定義と区別する必要があるかどうかという点で判断します。

定義語以外でも、契約書の中ではできるだけ用語の統一を図る必要があります。ある程度は表現上の多様性も認められますが、同じ意味であるにもかかわらず別な表現をしてしまうと読み手は別なものとして理解してしまう可能性があります。たとえば、「ロイヤルティ」と「実施権料」では意味は同じですが、契約書の中でこの両方の表現が並存すると、読み手はこの2つが別々の性格を持つものと誤解してしまいます。このように重要な用語については契約書の中で表現を統一しなければなりません。契約書はまずなによりも正確性が重視されます。読み手に誤解を与えてしまうような表現は避けるようにしなければなりません。皆さんが英文契約書の翻訳で訳文を作るうえでもこの点を十分心がけてください。
(執筆:吉野弘人)