翻訳と読解力

前回、「わかりやすい訳文を」というコラムで、読み手にとってわかりやすい訳文を作るためには、原文の意図するところを正しく理解する必要があると述べました。今回は、その原文の意図を正しく理解する力、読解力についてお話します。

翻訳の前提として英文の意味を理解することが必要ですが、よりよい訳文を作るには単に語句の意味を理解するだけではなく、文脈の意図するところまで読み取る必要があります。その場合、作者の意図は直接語句にはあらわれず、行間や文章の構成などに隠されていることもあります。このような、行間に隠された作者の意図を理解する力が読解力です。

読解力を鍛えるための特効薬はありません。とにかく多くの文章を読むことが必要です。方法自体は単純ですが、決して一朝一夕で効果が現れるというものではありません。また文章をただ漫然と読み流すのではなく、作者の意図がどこにあるのかを常に考えながら読むことが必要です。誤解しないでほしいのですが、多くの文章を読むといっても、その文は英文である必要はありません。小説や新聞・雑誌など日本語の文章を多く読むことで翻訳に必要な読解力を養うことができます。読解力とは、行間に隠された意図を想像力を駆使して読み取る力であり、日本語にも英語にも共通した力なのです。

翻訳においては原文である英語を読むことが求められますが、読解力そのものは英語力とは別のものです。むしろわれわれ日本人にとっては日本語の能力であるといえます。結局のところは、翻訳において重要なのは英語力よりも日本語力なのです。翻訳がうまくなるには日本語の力を養うことが必要であり、その第一歩が多くの(日本語の)本を読むことなのです。読解力の優れた人は、小さいころから多くの本に親しんできた人が多いようです。今からでも遅くありません。翻訳の勉強と併行して、本を読む時間もなるべく多く作るようにしてください。
(執筆:吉野弘人)