以前、翻訳の基本は正確かつ忠実に訳すことであると書きました。もし、みなさんがこのレベルをクリアできているとすれば、その次に求められるものは「わかりやすさ」です。翻訳がコミュニケーションの一手段であることを考えれば、わかりやすい文章で表現することは不可欠であり、読み手にその意図が伝わらない訳文は、その役割を果たしているとはいえません。訳文を作成する際には、読み手の存在を常に頭に入れて訳すことが必要です。
わかりやすい訳文を作るポイントは、自分自身がその原文の意図するところを正しく解釈することにあります。原文を解釈するという場合に、その解釈は誤った解釈であってはならないのはもちろん、翻訳者の勝手な解釈であってもなりません。翻訳者が解釈を加える場合には、その根拠をしっかり確認しなければなりません。意訳という言葉は、本来は、直訳や逐語訳に対する言葉なのですが、「勝手な解釈を加えた訳」というニュアンスもあり、あまりよい意味では使われません。しかし、正しい解釈のもと、わかりやすい表現にしようとするのであれば、意訳も決して悪いことではありません。
一方で、原文をどう解釈するか、どこまで解釈するかは、翻訳者にとって永遠の課題ともいえる、非常に難しい問題です。私にも、直訳調から脱しようとするあまり、訳しすぎてしまうといった経験もよくあります。忠実であると同時にわかりやすくするということは、時に相反するものであり、この「忠実さ」と「わかりやすさ」の間でどうバランスをとるかが翻訳の難しさといってもよいでしょう。英日契約書の通信教育を受講されている方は、まず原文となる英文契約書に忠実・正確に訳すことが必要ですが、自分なりの理解・解釈を持つことも重要です。自分自身が理解していなければ、決して読み手には通じないのですから。次のステップアップを目指し、書き手の意図するところを正しく理解する力を養ってください。
(執筆:吉野弘人)