契約書翻訳通信講座の受講生の間違いで、センテンスの誤訳はさすがに少ないものの、句のかかり方の解釈を間違う答案が時折みられます。次の文を例にみてみましょう。
Licensee may retain the right to use the Software for as long as is necessary to perform existing obligations and to sell its inventory existing at expiration.
よくみられる間違いは「ライセンシーは、既存の義務を履行し、満了時に存在するライセンシーの在庫を販売するために必要なかぎり、本ソフトウェアを使用する権利を留保する」とする訳です。正しくは「ライセンシーは、満了時に有する義務を履行し、ライセンシーの在庫を販売するために必要なかぎり、本ソフトウェアを使用する権利を留保する」になります。つまり、at expirationは直前のexistingにだけかかるのではなく、existing obligationsにもかかります。文法上は、直前だけにかかるという可能性もありますが、意味の上からは2つのexistingの両方にかかると解釈するべきです。
英文契約書では、このように、句のかかり方によって複数の解釈ができることがあります。訳すときに必ず他の解釈もできないかを考え、一つ一つ試して最もふさわしい訳を選択してください。これは英語力よりも読解力が要求されるところです。単語についても同じことがいえます。微妙に意味がズレた単語の訳は、辞書でみつけた訳語をそのまま使っていることからきています。単語の場合は類語辞典で近い意味の言葉を一つずつ試して、ベストの訳語をみつけるというのも一つの方法です。
最初に作った訳文に満足してはいけません。解釈は決して一つではないのです。契約書翻訳ではいろいろな可能性を試すことが重要です。常にベストを目指す姿勢こそがよい訳文にたどりつく道なのです。がんばってください。
(執筆:吉野弘人)